〘助動〙
[一] (活用は「なら・なり・なり・なる・なれ・〇」。動詞・助動詞の終止形に付く。伝聞推定の助動詞)
① 音や声に関係のある
語句を受けて、音や声が聞こえること、聞こえると判断することを表わす。
※古事記(712)中「葦原の中つ国はいたくさやぎてあり那理(ナリ)」
※和泉式部集(11C中)上「物思へば雲ゐに見ゆる雁金の耳に近くも聞こゆ成かな」
② 耳にはいる音の様子から事態を判断することを表わす。
※
万葉(8C後)八・一五一八「
天の川あひ向き立ちて吾が恋ひし君来ます
奈利(ナリ)紐解きまけな」
③ 他人の話、世間のうわさ、または
故事や古歌などによって判断することを表わす。→
いうならく。
※万葉(8C後)四・六六〇「汝(な)をと吾(あ)を人そ離(さ)く奈流(ナル)いで吾が君人の中言(なかごと)聞きこすなゆめ」
※土左(935頃)
発端「男もすなる日記といふものを女もしてみむとてするなり」
[二] (活用は「なら・なり、に・なり・なる・なれ・なれ」。用言・助動詞の連体形や、名詞・副詞などに付く。断定の助動詞)
① 場所や
方角などを表わす名詞に付いて、その場所に存在している意を表わす。…に在る。中古以降では、主として連体形だけが用いられる。
※古事記(712)中・歌謡「尾張に 直(ただ)に向へる 尾津の埼(さき)那流(ナル) 一つ松 あせを」
※源氏(1001‐14頃)
夕顔「この西なる家はなに人の住むぞ、問ひ聞きたりや」
② ある事物に関して、その種類・性質・状態・原因・理由などを説明し断定することを表わす。…である。→
となり。
※古事記(712)中・歌謡「この御酒(みき)は 我が御酒那良(ナラ)ず」
※
徒然草(1331頃)一九「おぼしき事言はぬは腹ふくるるわざなれば」
③ ある名を持つことを表わす。連体形だけが用いられ、江戸時代の漢文訓読に始まる
語法という。…という名の。
※俳諧・おらが春(1819)四山人跋「此の一巻や、しなのの俳諧寺一茶なるものの草稿にして」
④ 金額の
切れ目を示す。証書や帳簿で金額を書くのに「一金壱百万円也」のように「也」字を用いて、以下の
端数のないことを示し、また、珠算の読みあげ算で一項の数値ごとに付けて句切りを明らかにする。
※手紙雑誌‐一・四号(1904)
雛人形と
火事羽織〈
平田篤胤〉「中々以て壱両也弐両也三両也四両の目くされ金の合力を」
[語誌](1)((一)について) (イ)語源については、音や声の意味をもつ語根「ね」または「な」に「あり」の付いたものという。なお、断定の「なり」と同語で、用法を転じたものと見る説もある。(ロ)意味については、近世以来、詠嘆としてとらえられてきたが、
松尾捨治郎の説〔国語法論攷〕によって、近年、「伝聞推定」と説くのが一般である。(ハ)この「なり」と断定の「なり」とは、接続形式を異にするほか、各活用形の用法や他語との
呼応にちがった傾向が見られ、また上代の漢字表記では、断定の「なり」に用いられる「在・有」などが、この「なり」に用いられず、逆に断定の「なり」には用いない「鳴」などが用いられている。(ニ)ラ変型活用語に付く時は、上代では「ありなり」のように終止形に付くが、中古の
用例はほとんど「あなり」と書かれている。これは、音便化した「あんなり」の「ん」が表記されなかったものである。この「あん」は従来、連体形「ある」の音便化したものと考えられていたが、「あるなり」と書かれた確証に乏しい。ただし、後世には、連体形に接する例もあらわれてくる。(ホ)この「なり」は、中世以降は、歌語・文章語にだけ用いられた。「詠嘆」と説かれて、近世近代の歌文では断定の「なり」との間に多少の混淆がある。
(2)((二)について) (イ)格助詞「に」と動詞「あり」との融合したもの。もとのまま、融合しない「にあり」、また「に(は)あれ(ど)」「に(こそ)あれ」「に(ぞ)ある」のように分離する場合も少なくない。ことに①は、中古以降は連体形を除き、融合しない形が普通となった。(ロ)形容動詞語尾「なり」と、この助動詞「なり」とは、連体形の用法として連体法の用例が助動詞では限られているなど、いくらかの違いはあるが、ほぼ同質のものと認められる。形容動詞を認めないでその語幹を一種の体言とし、その語尾を助動詞「なり」に含める考え方がある。(ハ)②は上代では、名詞またはこれに準ずる語に付くが、中古以降、用言・助動詞の連体形や句末などにも付くようになる。(ニ)②の用法で、「あり」と分離した「に」、「…におわします」「(心)に(も)なき」などの「に」を、形容動詞の連用形語尾「に」に見合わせて、「なり」の連用形と説くのが普通であるが、これを助詞として助動詞連用形とみない説もある。(ホ)中古では、この「なり」に「めり」「なり」などが付く時は、他のラ変型の活用語と同じく、「なンめり」「なンなり」と撥音便化する。ただしこの撥音は表記されないことが多い。(ヘ)未然形「なら」が、「ば」を伴わないで仮定条件を表わす用法は、近世初期以降の口語にあらわれる。これには、仮定法「なれば」の転じた「なりや」との関係を考える説もある。(ト)連体形「なる」が「な」に転じて、室町以降の口語で、終止法・連体法に用いられる。これらの「なら」および「な」の二形は、現代の口語では助動詞「だ」の仮定形および連体形として扱われている。(チ)連用形の促音便形が室町時代に使われた例がある。(リ)助動詞「ごとし」に付く時は、「ごときなり」の例もあるが、「ごとくなり」の方が多い。接続のしかたが特異なので、「ごとくなり」は一語の助動詞とみる。(ヌ)③は、連体助詞として扱うこともできる。④は、終助詞として扱うこともできる。なお、連用形の中止法的用法から出た「山なり海なりへ行く」など、接続助詞「と」を伴った「なりと」から「どこへなり行け」などのいい方がある。これらは、助詞として扱うのが普通である。