出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
植物の花,茎,葉,果実などを自然に,または人為的に乾燥させたもの。枯れても色や花姿が変わらないものは英語でeverlasting flower(乾燥花,永久花)と呼ばれる。
ドライフラワーづくりは,北部ヨーロッパから始まった。食料や薬草の貯蔵と同様に,花の得られない冬の室内装飾のために,開花時に集めて,乾燥し,貯蔵されたのである。イギリスでは,特にビクトリア朝時代にフラワー・アレンジメントが流行したこともあって,薬草,香料とともに,ドライフラワーになる植物の研究がさかんになり,当時の婦人たちのあいだに親しまれ,実用化していった。アメリカでは,イギリス植民地時代すでにウィリアムズバーグの総督の邸宅に,イギリスから輸入した豪華な家具や花器に合わせて,冬季,ドライフラワーが飾られていた記録が残されている。この時代には,ドライフラワーの技術も高度に進歩し,婦人たちが誇りをもって専念できる家庭工芸となり,アメリカではこの時代の技術や技法が今日まで伝えられている。欧米では,近年,生産技術の向上と市場機構の発達により,季節外でも植物が得られるようになったが,室内の冷暖房により,生花の日持ちがわるくなったことも原因となって,季節の花をそのままに活かしたドライフラワーが親しまれるようになってきた。
日本にも,カイザイク,ローダンセ(ヒロハハナカンザシ)などは明治以降に渡来していたが,ドライフラワーとしてではなく多くは花壇用として栽培されていた。一方,《花壇地錦抄》(1695)にセンニチコウは〈十月の此花を茎とともに切って,かげぼしにして冬立花の草とめ,なげ入れ等に用いる。花の色かわらずして重宝なる物〉とあり,日本でのドライフラワーの最初の記録とされる。第2次大戦後,〈いけばな〉界では,野や山で自然に乾燥した茎,果実,種のさやなどを薬品で脱色,漂白し,着色したりしたものを〈枯れもの〉と称し,〈自由花〉の素材の一部としてとりいれはじめた。しかし大きな発展がみられるのは,〈フラワーデザイン〉という言葉が使われはじめた1963年ころからである。このころブラジルよりスターフラワー(ホシクサ科ハナホシクサ)が輸入され,染色して発売された。当時この花が,ドライフラワーの代名詞のようにいわれ,室内の装飾に使われるようになった。
ドライフラワーに適するのは花や茎,葉にケイ酸を含む硬質の植物で,これらの多くは,乾燥地を好む。日本で使われるドライフラワーは約400~450種類くらいで,そのうち250~300種類がオーストラリア,ニュージーランド,地中海,中南米,南アフリカなどから輸入されている。国内では,スターチス類,ローダンセ,ヒロハムギワラギク,ベニバナ,センニチコウ,バラなどが,ドライフラワー用としても栽培されるようになった。それにともない,専門家以外の愛好者が,手作りで楽しむ機会も多くなりつつある。
執筆者:百瀬 和子
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