マリオン(読み)まりおん(英語表記)Jean-Luc Marion

日本大百科全書(ニッポニカ) 「マリオン」の意味・わかりやすい解説

マリオン
まりおん
Jean-Luc Marion
(1946― )

フランスの哲学者。フランシュ・コンテコルマールに生まれる。1971年にエコール・ノルマル・シュペリュール(高等師範学校)卒業後、パリ第四大学助手、ポアチエ大学教授、パリ第十大学教授を経てパリ第四大学教授、ついでシカゴ大学教授を務める。

 レビナスアンリ亡き後、現代フランスを代表する哲学者である。レビナスやアンリは、第二次世界大戦直後に現れたサルトル、メルロ・ポンティらの現象学に対し、「神」や「生」という形而上(けいじじょう)学的な事象に向かうことによって現象学に「神学的転回」ともよばれる新たな境地を拓(ひら)いた。マリオンはこの新たな現象学の流れを一つの統一的な運動としてとらえ返し、さらに自らの「顕現しないものの現象学」によってこの運動を統括しようと意図している。その仕事は三つの分野に分かれているが、それらはいずれも「存在から隔たる顕現しないものの次元」に接近するという共通目論見(もくろみ)によって導かれ、有機的に結びついている。その内容は以下のようなものである。

(1)哲学史に関する仕事で、『デカルト灰色の存在論について』Sur l'ontologie grise de Descartes(1975)、『デカルトの白い神学について』Sur la théologie blanche de Descartes(1981)、『デカルトの形而上学プリズムについて』Sur le prisme métaphysique de Descartes(1986)などが代表的な著作である。マリオンはデカルトを専門とする哲学史家として出発したが、ハイデッガーの思惟(しい)を下敷きにしてデカルトを読むことにより、デカルトの存在論・神学・形而上学においてハイデッガーのいう「存在-神-論」がいかに機能しているのか、またそれを乗り越えるいかなる可能性がそこに潜んでいるのかを明らかにした。さらにマリオンは、デカルトのなかにかいまみられる形而上学を乗り越えるこの可能性を、パスカルを動員することで補強する。

(2)神学に関する仕事で、『偶像と隔たり』L'idole et la distance(1977)、『存在なき神』Dieu sans l'être(1982。アカデミー・フランセーズ・アンリ・デマレ賞)などが代表的な著作である。形而上学の外部に設定されたマリオンにとっての最終的な審級は、神学的文脈のなかでさらに「存在の彼方」「存在なき神」として規定される。マリオンは新プラトン主義的否定神学に淵源(えんげん)するキリスト教東方教会の神秘思想を動員して、神の存在を前提とする西方教会の神学とそれに基礎を置く形而上学、さらにハイデッガーの存在の思惟をもその根底から解体することで、「存在に汚染されていない神」の現象性を取り出そうと企てる。それは、人間のまなざしに由来する「偶像」(そこには「存在」も含まれる)に対する「隔たり」として、さらには「啓示」として与えられる「イコン」の現象性として分析される。

(3)現象学に関する仕事で、『還元と贈与』Réduction et donation(1989)、『与えられた存在者』Étant donné(1997)、『過剰について』De surcroît(2001)、『エロスの現象』Le phénomène érotique(2003)などが代表的な著作である。神学的思惟においてすでにマリオンは、存在の外部で神を思惟するために、現象学的方法を用いていた。現象学的な著作においては、還元の方法をさらに精緻(せいち)に練り上げることで、限定された宗教的経験の事実性から経験一般の深層構造へ現象学を拡大することが試みられる。「徹底化された還元」によって開かれてくる「顕現しないもの」の現象性は、イコンのような神学的な刻印を押されたものとしてではなく、より一般的に「飽和した現象」や「贈与」とよばれる現象としてとらえ返される。いずれにおいても、志向性にも存在論的差異にも媒介されることなく、それらに先だって原初的に与えられる現象性が問題なのである。この分析は、ハイデッガーの存在の思惟を乗り越えるためにフッサール的なスタイルの経験の具体的な現象学的分析にいま一度立ち返ろうとするものであり、マリオンの活動は、このような新たな現象学を練り上げることに収斂(しゅうれん)している。1992年アカデミー・フランセーズ哲学大賞受賞。

[永井 晋 2015年6月17日]

『芦田宏直他訳『還元と贈与――フッサール・ハイデガー現象学論攷』(1994・行路社)』『Sur l'ontologie grise de Descartes; science cartésienne et savoir aristotélicien dans les Regulae(1975, Vrin, Paris)』『L'idole et la distance; cinq études(1977, Grasset, Paris)』『Sur la théologie blanche de Descartes; analogie, création des vérités éternelles et fondement(1981, Presses universitaires de France, Paris)』『Dieu sans l'être; théologiques(1982, Fayard, Paris)』『Sur le prisme métaphysique de Descartes : constitution et limites de l'ontothéologie dans la pensée cartesienne(1986, Presses universitaires de France, Paris)』『Étant donné : essai d'une phénoménologie de la donation(1997, Presses universitaires de France, Paris)』『De surcroît; études sur les phénomènes saturés(2001, Presses universitaires de France, Paris)』『Le phénomène érotique : six méditations(2003, Grasset, Paris)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マリオン」の意味・わかりやすい解説

マリオン
Marion

アメリカ合衆国,オハイオ州中北部の工業都市。コロンバスの北 70km,コロンバスとエリー湖を結ぶ道路沿いにある。 1820年入植,30年村となり,90年市制施行。道路建設および掘削用機械の製造が盛んで,自動車部品,工業用ゴム製品,小麦粉,石灰石などを産する。人口3万 4075 (1990) 。

マリオン
Marion

アメリカ合衆国,インディアナ州中部の都市。インディアナポリスの北東 105km,ミシシネワ川沿岸に位置する。 1880年代に石油と天然ガスが発見されて発展したが,1900年以後生産が止った。現在は農業地域の中心都市で工業も行われる。マリオン大学がある。人口3万 2618 (1990) 。

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