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久明親王【ひさあきしんのう】
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朝日日本歴史人物事典の解説-
生年:
建治2.9.11 (1276.10.19)
没年: 嘉暦3.10.14 (1328.11.16)
鎌倉幕府8代将軍。後深草天皇と三条公親の娘房子の子。正応2(1289)年9月,前将軍惟康親王が京都に送還されたあと,親王宣下・将軍宣下を受けて鎌倉に下った。しかし,将軍在任19年におよんだ延慶1(1308)年8月解任されて京都に帰った。将軍といっても実権を持たない名目的な存在で,幕政の実権は得宗(北条氏家督)の貞時の手中にあり,将軍在任中,内管領平頼綱の誅殺(1293)や連署北条時村らの誅殺(1305)などが相次いで起こったが,久明親王はこれらの事件の圏外におかれていた。その解任も北条氏が将軍の長期在任を嫌ったためであろう。<参考文献>福田豊彦「久明親王」(安田元久編『鎌倉将軍執権列伝』)
(新田英治)
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説-
久明親王 ひさあきらしんのう
 
1276-1328 鎌倉幕府8代将軍。在職1289-1308。
建治(けんじ)2年9月11日生まれ。後深草天皇の第6皇子。母は藤原房子。正応(しょうおう)2年親王となり,同年7代将軍惟康(これやす)親王にかわって将軍となる。実権は執権北条貞時ににぎられ,徳治(とくじ)3年子の守邦親王に将軍職をゆずり,京都にかえった。嘉暦(かりゃく)3年10月14日死去。53歳。
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。収録人物のデータは2009年1月20日現在のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。
デジタル大辞泉の解説-
ひさあき‐しんのう 〔‐シンワウ〕 【久明親王】
[1276~1328]鎌倉幕府第8代将軍。在職1289~1308。後深草天皇の子。将軍退任後は京に送還された。名は「ひさあきら」とも。
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監修:松村明
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