精選版 日本国語大辞典 「保元物語」の意味・読み・例文・類語
ほうげんものがたり【保元物語】
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保元の乱(1156)を素材とする和漢混交文の軍記物語。鎌倉時代前期までに成立か。作者不明。3巻または2巻。《保元記》ともいう。乱は崇徳上皇派と後白河天皇派との皇位継承をめぐる戦いであったが,作中で最も強烈な個性をもって描かれるのは源為朝である。彼は敗北した上皇側に属しながら,一矢で敵2人を射倒したり,鞍もろとも鎧武者を射通して串刺しにするなど,獅子奮迅の働きをする。身の丈7尺(210cm余),生来の弓の名手で左手が右手より4寸長かったとも語られ,合戦場面は彼を中心に展開する。天皇の権威をもはばからぬ言動には新興階級のたくましさを象徴するものがあり,日本文学史上かつてない超人的な英雄像が創造されている。また,乱後にものがたられる敗者側の悲話も大きな比重をもつ。なかでも源氏の悲劇がその中核をなす。保元の乱は上皇と天皇とが兄弟であったのをはじめ,摂関家,源平両家ともに親子,兄弟,叔父甥が敵対する,まさに骨肉相克の戦いであったが,上皇側に参じた源為義は,乱後,天皇側にくみしていた嫡子義朝によって斬首された。物語はその事実を,信頼する子に裏切られた父の苦衷に焦点を当てて描き,さらに4人の幼い遺児の処刑とその母の哀れな入水の話とをつらねて,肉親の愛の破局を悲壮な情趣で描きあげようとする。作品の背景には,うち続く以後の乱世を,崇徳上皇および左大臣藤原頼長らの怨霊のしわざとみて恐れていた当時の世相があるといえる。上皇については,配流地の讃岐で怨霊となるまでのことが記されている。また,上皇側の総帥頼長が為朝の夜討進言を古い価値観から拒んだために敗れ,義朝の同じ進言を入れた天皇側が勝利したと語るところには,貴族から武士に主役の交替する時代相がおのずと表現されている。
今日多く存在する伝本群は,この作品が大きく3段階にわたって変容したことを示しており,それぞれの段階の代表的伝本は,古い順に半井(なからい)本,金刀比羅本(または宝徳本),流布本とされる。古本の段階では,合戦場面の叙述に笑いが意図的に挿入され,壮大な為朝像を造型した作者の楽天的ともいえる気質をうかがうことができる。次段階では《平治物語》《平家物語》との相即性を強め,義朝像も《平治》のそれに見合う悲劇的人物に変わっていく。古本にあった朗らかな哄笑が後退する。なお,為朝の鬼ヶ島渡りの著名な後日譚は削除されている。《平治》と一対になった最終段階では,儒教思想や論評性が濃くなり,国政のあり方を論ずる序文が付される。本文は前2段階を折衷した感が強く,流布本の成立は室町時代の1446年(文安3)以降と目される。原本は《平家》より先出と思われるが,《平治》との先後出関係は未詳。古来《平治》と同一作者であるとされてきたが,その説は成り立ちにくい。13世紀末には《平治》《平家》とともに琵琶法師の語るところであったが,隆盛は続かなかったようである。
執筆者:日下 力
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保元の乱の原因,経過,合戦後の動向を描く軍記物語。3巻。作者は「醍醐雑抄」の藤原時長説などいくつかあるが不詳。諸本は内容などの差異により,古態本から古活字版などの流布本までの5系統に分類され,作品の流動的な展開を伝える。現存最古本で1318年(文保2)の書写奥書をもつ彰考館蔵本(中巻のみ,文保本とよばれる)に,1179年(治承3)後白河上皇の鳥羽上皇幽閉がみえること,「普通唱導集」(1297序)が琵琶法師による語りの事実を記すこと,平清盛よりも源氏の義朝や為朝に具体的なイメージのかたよりがみられることなどから,12世紀末~13世紀前半の乱にかかわる文献記事や世間伝承に取材して原態を成立させたと思われる。「新日本古典文学大系」「新編日本古典文学全集」所収。
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