前田玄以(読み)まえだげんい

精選版 日本国語大辞典 「前田玄以」の意味・読み・例文・類語

まえだ‐げんい【前田玄以】

安土桃山時代の武将。美濃の人。名は宗向。号は徳善院、半夢斎。通称民部卿法印豊臣五奉行の一人。信長の子信忠に仕えたが、賤ケ岳の戦い以後秀吉が重用。京都奉行・寺社奉行として手腕をふるい丹波国亀山五万石に封ぜられた。関ケ原の戦いでは西軍にありながら家康に通じていた。天文八~慶長七年(一五三九‐一六〇二

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デジタル大辞泉 「前田玄以」の意味・読み・例文・類語

まえだ‐げんい〔まへだ‐〕【前田玄以】

[1539~1602]安土桃山時代の武将。美濃の人。名は宗向。初め比叡山の僧。のち、織田信忠信雄、次いで豊臣秀吉に仕え、丹波亀山5万石を封ぜられ、さらに五奉行の一人となった。

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朝日日本歴史人物事典 「前田玄以」の解説

前田玄以

没年:慶長7.5.20(1602.7.9)
生年:天文8(1539)
安土桃山時代の武将。美濃(岐阜県)に生まれる。系譜は不詳。初め孫十郎基勝と称したが,比叡山で出家し,尾張(愛知県)小松寺の住職を務めたと伝えられる。半夢斎,民部卿法印を号した。天正7(1579)年には織田信長の嫡子信忠の家臣としてみえる。同10年の本能寺の変で信忠が自害したとき,岐阜に逃れて信忠の子三法師(秀信)を保護し,三法師が信長の後嗣にされるとその守り役となった。翌年羽柴秀吉が実権を握ると,信忠の弟信雄から京都奉行に任じられ,市中の民政や寺社に関する庶務をみて大いに実績を上げた。慶長5(1600)年の関ケ原の戦まで17年間も在職し続けたが,その精勤ぶりは,就任後1年足らずの間に市中に出した裁決状が70通におよぶことからも窺える(「玄以法印下知状」)。「智深くして私曲なし」(『秀吉事記』)と評された玄以は秀吉の信任厚く,天正13年丹波亀山(亀岡市)5万石を給され,慶長3年には五奉行のひとりに抜擢されている。秀吉の死後,徳川家康石田三成対立に際しては三成方に属し,同5年7月17日(8月25日),家康を討つよう長束正家,増田長盛らと共に諸大名に命じたが,関ケ原の戦の間は大坂城にいて戦闘には参加していない。戦後金剛寺(河内長野市)に謹慎し,同年10月16日(11月21日)大坂で家康に謁して許され,本領を安堵された。妻は信長時代の京都所司代村井貞勝の娘。

(河村昭一)

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百科事典マイペディア 「前田玄以」の意味・わかりやすい解説

前田玄以【まえだげんい】

安土桃山時代の武将。豊臣氏五奉行の一人。初め織田信長の子織田信忠に仕えた。本能寺の変後,京都奉行職につき,豊臣秀吉政権下でもそのまま京中の庶政を統括,丹波(たんば)亀山5万石を領した。関ヶ原の戦では石田三成の西軍にくみしたが,戦後徳川家康から所領を安堵された。

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改訂新版 世界大百科事典 「前田玄以」の意味・わかりやすい解説

前田玄以 (まえだげんい)
生没年:1539-1602(天文8-慶長7)

豊臣政権下の京都の所司代。民部卿法印,徳善院と号する。五奉行の一員。美濃の出身で比叡山で得度したという。織田信忠に仕え7000石を与えられていたが,1582年(天正10)の本能寺の変に際し三法師(織田秀信)の後事を託されて岐阜に逃れ,三法師を擁して清須に赴いた。そして織田信雄のもとで京都の奉行となったが,豊臣秀吉が政権を掌握してのちもそのまま京都の庶政を担当し,故実に通暁する才能を深く信頼された。85年丹波亀山5万石を領し,95年には関白豊臣秀次の問責に当たり,その妻妾を亀山に預った。96年(慶長1)徳善院と号し,秀吉の晩年に五奉行の一員に加えられた。1600年の関ヶ原の戦には石田三成の西軍にくみしたが,裏面では徳川氏にも意を通じていたため所領は安堵された。3男5女があり,三男正勝の家系が幕臣として存続した。《玄以法印下知状》は京都の庶政を示す史料として著名。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「前田玄以」の意味・わかりやすい解説

前田玄以
まえだげんい
(1539―1602)

安土(あづち)桃山時代の武将。名は宗向、号は徳善院、半夢斎(はんむさい)。通称を民部卿法印(みんぶきょうほういん)と称した。もと尾張(おわり)小松寺の住職とも伝えられるが明らかでない。織田信忠(のぶただ)に仕え、本能寺の変に際して信忠の子三法師(さんぼうし)を託され尾張に逃れた。この功により織田信雄(のぶかつ)から京都奉行(ぶぎょう)を命ぜられたという。また、一説には豊臣(とよとみ)秀吉の右筆(ゆうひつ)を勤めていたのを抜擢(ばってき)されたともいう。1585年(天正13)に丹波(たんば)亀山5万石を領した。98年(慶長3)秀吉が五奉行の制を定めるとその一人となり、おもに禁裡(きんり)御用地、門跡(もんぜき)領、寺社領の管理や洛中(らくちゅう)洛外の支配を担当した。関ヶ原の役(1600)には大坂城の留守居(るすい)を勤めたが、戦後、所領を安堵(あんど)された。

[佐々悦久]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「前田玄以」の意味・わかりやすい解説

前田玄以
まえだげんい

[生]天文8(1539).美濃
[没]慶長7(1602).5.7. 京都
安土桃山時代の武将。名は宗向。徳善院と称し,半夢斎,民部卿法印と号した。幼時比叡山に上って僧侶となり天台教学を修めたという。のち織田信長に仕え,その子信忠に従った。本能寺の変後は信忠の子三法師丸を助けた。豊臣秀吉に重用され,天正 13 (1585) 年丹波亀山5万石を領し,京都の奉行となった。秀吉の晩年の慶長3 (98) 年頃,五奉行の一人にあげられ,特に公家,寺社を管轄した。関ヶ原の戦いには西軍に属したが,この間東軍徳川方に通じたこともあり,戦後も本領は安堵された。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「前田玄以」の解説

前田玄以 まえだ-げんい

1539-1602 戦国-織豊時代の武将。
天文(てんぶん)8年生まれ。本能寺の変のおり,織田信忠(のぶただ)に三法師(織田秀信)を託され尾張(おわり)清洲にのがれた。京都奉行をつとめ,丹波亀山城(京都府)城主,豊臣家五奉行のひとりとなる。関ケ原の戦いでは西軍にくみしたが,戦後徳川家康に所領を安堵(あんど)された。茶事を千利休にまなぶ。慶長7年5月7日死去。64歳。美濃(みの)(岐阜県)出身。号は半夢斎,民部卿法印,徳善院。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「前田玄以」の解説

前田玄以
まえだげんい

1539~1602.5.7

織豊期の武将。号は半夢斎・民部卿法印・徳善院。織田信忠の家臣で,本能寺の変に際し,信忠の子三法師(秀信)とともに逃れた。その後京都奉行となり,豊臣秀吉に仕えた。1585年(天正13)丹波国亀山城主となり5万石。95年(文禄4)近江国八幡城主。豊臣政権の五奉行の1人として活躍。関ケ原の戦では西軍に属して大坂城に残ったが,戦後本領を安堵された。

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旺文社日本史事典 三訂版 「前田玄以」の解説

前田玄以
まえだげんい

1539〜1602
安土桃山時代の武将。豊臣家五奉行の一人
美濃(岐阜県)の人。もと比叡山の僧。織田信長に仕え,本能寺の変(1582)後織田信雄から京都の奉行に任ぜられた。のち豊臣秀吉に仕え,丹波(京都府)に5万石を領した。民政を担当,京都寺社を管轄した。関ケ原の戦い(1600)には西軍に属したが,東軍に内応して情報を伝え,戦後徳川家康から領地を安堵された。

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世界大百科事典(旧版)内の前田玄以の言及

【五奉行】より

…1598年(慶長3)7月ごろ豊臣秀吉の死を前にして設置された。前田玄以浅野長政増田(ました)長盛石田三成長束(なづか)正家の五名で構成される。豊臣氏の奉行は政権の樹立以来存在し,初期の奉行には桑原貞也,杉原家次,細井方成,石田三也(成),増田長盛,大谷吉継,伊藤秀盛など多くの人名を挙げることができる。…

【所司代】より

…貞勝は82年の本能寺の変で信長の嫡子信忠とともに二条御所で討死した。このあと,清須会議を経て82年羽柴(豊臣)秀吉は桑原貞也を京都の奉行としたが,同年8月7日には桑原を罷免して杉原家次,浅野長吉(長政)に替え,ついで83年には織田信雄の家臣であった前田玄以をもって充てた。玄以の施政は村井の施政を継承したが,朝廷や寺社に対してはその干渉を強めていった。…

※「前田玄以」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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