化学兵器の開発、生産、貯蔵、使用などを禁止し、化学兵器および原材料化学物質、その生産設備の廃棄を規定する、特定カテゴリーの兵器に限った実質的な軍縮条約。正式には「化学兵器の開発、生産、貯蔵及び使用の禁止並びに廃棄に関する条約」。欧文表記の頭文字よりCWCという。第一次世界大戦で化学兵器(毒ガス)が大量使用され、その残虐性が認識されたことから、1925年に戦場での使用を禁止する議定書(化学兵器使用禁止議定書)が成立した。第二次世界大戦後、使用だけでなく生産も含む全面的な禁止条約に向けた交渉が続いたが、使用の経験から兵器として有用との認識があったことや冷戦下での他国の開発・貯蔵に対する疑心暗鬼から、アメリカとソ連が一方的な放棄を嫌ったこと、および除草剤や暴動鎮圧剤(催涙弾など)などとの区別があいまいなこと、工業、農業、食品、製薬など化学剤の民生利用への支障の懸念などが障害になり、難航した。しかし1980年以降のイラン・イラク戦争でマスタードガス(イペリット)が使用され、さらに冷戦後に化学兵器など大量破壊兵器の拡散が懸念されるようになったことから条約実現への機運が高まり、1993年1月に調印され、1997年4月29日に発効した。同年5月に条約の実行・検証機関として化学兵器禁止機関(OPCW)がオランダのハーグに設立された。禁止対象は毒性化学物質とその前駆物質で、大まかにはマスタードガスなどのびらん剤、ホスゲンなどの窒息剤、青酸などの血液剤、サリンなどの神経剤等である。これらの化学兵器について加盟国は保有内容の申告(冒頭申告)を行い、それに基づくOPCWによる申告内容の検証(冒頭査察)を受ける。そして、条約発効後10年以内(2007年4月まで)にその廃棄を完了しなければならないとした(4条、5条)。また締約国は、老朽化した化学兵器や1925年以降に締約国の領域に同意なく遺棄した化学兵器も廃棄しなければならない。日本は中国に遺棄兵器があることを申告しており、1999年(平成11)に中国と覚書を交わし兵器の回収・廃棄を継続している。2017年(平成29)時点で6万2000発発掘・回収、4万9000発を廃棄し、2022年までの完了を目ざしている。
産業活動の面では、締約国は兵器の原料となりうる化学物質を民生用に扱う事業者の活動について申告し、物質および関連施設に検証措置を受け入れなければならない。対象化学物質(表Ⅰ~Ⅲ剤に分類)は、兵器への転用リスクに応じて生産、移転(貿易)に異なる検証と規制が実施される。
2018年6月時点で、193か国・地域が加盟し、未署名はエジプト、南スーダンと北朝鮮、イスラエルは署名のみで未批准である。2017年9月にロシアは貯蔵分廃棄を完了、ドイツ国内で行われたリビアの化学兵器の廃棄も同年11月に完了した。アメリカは2022年の廃棄完了を目ざしている。このような状況を踏まえ、2017年締約国会議では「ポスト(化学兵器)廃棄過程」に入ったとの認識が強まった。しかし2013年以降のシリア内戦、イラク・シリアでの「イスラミック・ステート」との戦闘では、OPCWの事実調査団(FFM)、国連との合同調査メカニズム(JIM)は何度も化学兵器使用の疑惑を指摘した。しかしシリアをめぐる米ロの対立から事実確定、制裁の合意は得られなかった。アメリカは、2017年4月、シリア政府の北部ハマなどでの反政府勢力への化学兵器使用に対して、抑止のためとして59発の巡航ミサイルでシャイラート空軍基地を攻撃した。既存化学兵器の廃棄は進んでいるが(2017年12月に申告兵器の96%完了)、紛争が続く限り使用の可能性があり、監視を怠ることはできない。
[納家政嗣 2019年7月19日]
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(坂本義和 東京大学名誉教授 / 中村研一 北海道大学教授 / 2007年)
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