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安徳天皇【あんとくてんのう】
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世界大百科事典 第2版の解説-
あんとくてんのう【安徳天皇】
1178‐85(治承2‐文治1)
第81代に数えられる天皇。在位1180‐85年。名は言仁。高倉天皇の第1皇子として平重盛の六波羅邸で誕生。母は平清盛の娘建礼門院徳子。翌月立太子。80年(治承4)即位。同年6月摂津国福原に遷都したが,11月京都に帰る。83年(寿永2)7月木曾義仲入京のさい,平氏に擁されて西海に落ち,大宰府・讃岐国屋島などにのがれたが,85年3月長門国壇ノ浦で平氏一門とともに入水・死亡。陵墓は下関市阿弥陀寺陵。【杉橋 隆夫】
[安徳伝説]
安徳天皇が壇ノ浦の戦ののちも流離し,生存したという伝承の根を探るとすれば,《平家物語》巻十一〈先帝身投〉にまで戻らねばならない。・・・
▼安徳天皇について記述のある項目
二位尼【にいのあま】 硫黄島【いおうじま】 赤間神宮【あかまじんぐう】 平家伝説【へいけでんせつ】 剣山地【つるぎさんち】 天皇【てんのう】
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説-
安徳天皇 あんとくてんのう
 
1178-1185 平安時代後期,第81代天皇。在位1180-85。
治承(じしょう)2年11月12日生まれ。高倉天皇の第1皇子。母は平徳子(建礼門院)。平清盛の後押しにより3歳で即位。翌年清盛が死に,各地で平氏追討の動きが出,寿永2年平氏は天皇と神器を奉じて西国へ脱出,後白河上皇は後鳥羽(ごとば)天皇を即位させ,天皇がふたりたった。2年後,長門(ながと)(山口県)壇ノ浦の戦いで平氏は敗れ,元暦(げんりゃく)2年3月24日天皇は入水。8歳。墓所は阿弥陀寺陵(あみだじのみささぎ)(山口県下関市)。名は言仁(ときひと)。別称は西国天皇。
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朝日日本歴史人物事典の解説-
生年:
治承2.11.12 (1178.12.22)
没年: 文治1.3.24 (1185.4.25)
平安末期の天皇。諱は言仁。高倉天皇と平清盛の娘建礼門院徳子の第1皇子。誕生の翌月12月8日親王宣下。12月15日立太子。治承3(1179)年祖父清盛がクーデタを起こして独裁政治を開始し,翌年4月に3歳で即位。同年6~11月まで摂津福原に遷幸。寿永2(1183)年平家一門の都落ちに際し奉ぜられて同行。太宰府から屋島に逃れたが,文治1(1185)年源義経らの攻撃に屈し壇の浦で入水。三種神器のうち宝剣がともに海中に没した。安徳天皇と宝剣,竜との関係が説かれ,また各地には安徳天皇生存の伝説が残る。<参考文献>生形貴重『「平家物語」の基層と構造』
(櫻井陽子)
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デジタル大辞泉の解説-
あんとく‐てんのう 〔‐テンワウ〕 【安徳天皇】
[1178~1185]第81代天皇。在位1180~1185。高倉天皇の第1皇子。名は言仁(ときひと)。母は平清盛の娘建礼門院徳子。2歳で即位。源平の戦いで西国に逃げ、壇ノ浦で平家一族とともに入水。→壇ノ浦の戦い
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監修:松村明
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百科事典マイペディアの解説-
平安末期の天皇。高倉天皇の第1皇子。母は平清盛の娘建礼門院徳子(けんれいもんいんとくこ)。1180年3歳で即位,1185年まで在位。源平の戦に平宗盛に擁せられて西走,1185年壇ノ浦の戦で平氏一門とともに入水。 (1178-1185)
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大辞林 第三版の解説-
あんとくてんのう【安徳天皇】
(1178~1185) 第八一代天皇(在位1180~1185)。高倉天皇の皇子。名は言仁(ときひと)。母は平清盛の娘建礼門院徳子。二歳で即位。平宗盛に擁せられて,西国に落ち,壇ノ浦で平氏一門とともに入水した。
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安徳天皇に近い言葉→崇徳天皇|懿徳天皇|孝徳天皇|文徳天皇|仁徳天皇|順徳天皇|称徳天皇|日本文徳天皇実録|仁徳天皇陵|功徳天
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