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安西冬衛 【あんざいふゆえ】
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世界大百科事典 第2版の解説-
あんざいふゆえ【安西冬衛】
1898‐1965(明治31‐昭和40)
詩人。奈良市生れ。本名勝。堺中学卒業。1920年,赴任先の父に招かれ満州大連市へ渡る。翌年右膝関節炎のため脚を切断。その後詩作に入り,24年大連で北川冬彦らと詩誌《亜》を創刊し短詩・散文詩を発表,文字形象によるイメージの審美的世界を開示した。28年創刊の詩誌《詩と詩論》に参加,翌年《軍艦茉莉(まり)》,33年《亜細亜の鹹湖(かんこ)》《渇ける神》などの詩集を刊行。その地理的好尚に富んだ知的マゾヒズムに彩られた詩風は,新精神詩運動の中核として異彩を放った。・・・
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説-
安西冬衛 あんざい-ふゆえ
 
1898-1965 大正-昭和時代の詩人。
明治31年3月9日生まれ。大正13年大連で北川冬彦らと詩誌「亜」を創刊。昭和3年創刊の「詩と詩論」の同人となり,新詩精神運動(エスプリ-ヌーボー)を推進した。4年第1詩集「軍艦茉莉(まり)」を刊行。戦後,「日本未来派」「現代詩」などの同人。昭和40年8月24日死去。67歳。翌年歴程賞がおくられた。67奈良県出身。堺(さかい)中学卒。本名は勝。
【格言など】てふてふが一匹韃靼(だつたん)海峡を渡つて行つた(「軍艦茉莉」)
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百科事典マイペディアの解説-
詩人。奈良県生れ。堺中学卒。1919年大連に渡り,以後15年間大陸に在住。1921年右膝関節炎のため右脚切断,療養中に詩作を開始した。1924年北川冬彦らと《亜》を創刊,1928年《詩と詩論》創刊同人。
(1898-1965)
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デジタル大辞泉の解説-
あんざい‐ふゆえ 〔‐ふゆヱ〕 【安西冬衛】
[1898~1965]詩人。奈良の生まれ。本名、勝。「詩と詩論」の同人。初期の短詩・新散文詩は、現代詩の展開に新風を吹き込んだ。詩集「軍艦茉莉」など。
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大辞林 第三版の解説-
あんざいふゆえ【安西冬衛】
(1898~1965) 詩人。奈良市生まれ。本名,勝。「詩と詩論」同人として,新散文詩運動を展開,特異な想像世界を築いた。詩集「軍艦茉莉」「座せる闘牛士」など。
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