木下順二(読み)キノシタジュンジ

デジタル大辞泉 「木下順二」の意味・読み・例文・類語

きのした‐じゅんじ【木下順二】

[1914~2006]劇作家。東京の生まれ。東大卒。「彦市ばなし」「夕鶴」などの民話劇と「山脈やまなみなどのリアリズム演劇で、戦後の演劇界を代表する存在となる。演劇論・評論のほかシェークスピア作品の翻訳も多い。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「木下順二」の意味・わかりやすい解説

木下順二
きのしたじゅんじ
(1914―2006)

劇作家。大正3年8月2日東京・本郷に生まれる。小学4年から旧制第五高等学校にかけては熊本で過ごす。1939年(昭和14)東京帝国大学英文科卒業、大学院に進む。第二次世界大戦中、日本の民話を素材にした戯曲を書き、戦後の46年(昭和21)に『二十二夜待ち』『彦市(ひこいち)ばなし』を加筆せず発表。以後、新作の『赤い陣羽織』『三年寝太郎』(ともに1947)、改作の『夕鶴(ゆうづる)』(1949)など、一連の「民話劇」を発表し、『夕鶴』により毎日演劇賞を受けた。新劇の大衆化の試みであった。他方、明治維新期の青年群像を描いた『風浪(ふうろう)』(1947)を発表。以後、民話劇とは別系統の本格的な戯曲『山脈(やまなみ)』(1949)、『暗い火花』(1950)、『蛙(かえる)昇天』(1951)、『沖縄』(1961)などを発表し、リアリズムの流れにたつ戦後の劇作家の第一人者として活躍。近代の日本語を国民の生活に根ざしたことばとして発展させ、その凝縮したものとしての戯曲の台詞(せりふ)、舞台のことばを確立させるという問題意識からの発言、試みを続けてきた。その一つの集大成が、評論的な作品『戯曲の日本語』(1982)である。またこの志向と交錯して、詩・小説とは異なる戯曲(ドラマ)とは何かをめぐって思索をめぐらし、「ドラマ」ということばを使ったタイトルの評論集を数冊刊行してきたが、その総括的な入門書として『“劇的”とは』(1995)がある。また、この「民衆的で劇的な」という2点を体現したシェークスピアとの取り組みも長期にわたり、その結実の一つはシェークスピアの悲劇・喜劇15編を改訳した八巻本『シェイクスピア』(1988~89)である。こういう演劇的な試みと平行し、1955年のアジア諸国会議や世界平和大会への参加など、良心的、進歩的な社会発言と行動もみせてきた。ほかに、ゾルゲ事件尾崎秀実(ほつみ)をモデルにした『オットーと呼ばれる日本人』(1962)、日本人の戦争犯罪の問題を追求した二部作『神と人とのあいだ』(1970)、『平家物語』を踏まえた『子午線の祀(まつ)り』(1978)、ポーランドのジスワフ・スコブロンスキのテレビドラマ『巨匠』を踏まえて、時代状況と向き合わない危機意識の薄さに警鐘を発した『巨匠』(1991)、小説『無限軌道』(1965)、『本郷』(1983)などがある。

[祖父江昭二]

『『木下順二作品集』全8巻(1961~71・未来社)』『『木下順二評論集』全11巻(1972~84・未来社)』『『木下順二集』全16巻(1988~89・岩波書店)』『『人間・歴史・運命――木下順二対話集』(1989・岩波書店)』『木下順二著『あの過ぎ去った日々』(1992・講談社)』『木下順二著『生きることと創ることと』(1994・人文書院)』『木下順二著『“劇的”とは』(1995・岩波書店)』『木下順二著『日本語について』(1997・労働旬報社)』『『木下順二戯曲選』全4巻(岩波文庫)』『宮岸泰治著『木下順二論』(1995・岩波書店)』『新藤謙著『木下順二の世界』(1998・東方出版)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「木下順二」の意味・わかりやすい解説

木下順二
きのしたじゅんじ

[生]1914.8.2. 東京,文京
[没]2006.10.30. 東京,文京
劇作家。少年時代から旧制第五高等学校卒業まで熊本で過ごし,東京帝国大学英文学科を卒業。 1941年同大学院修了。大学で中野好夫に師事,特にシェークスピアを研究した。入営を前に初の戯曲『風浪』を書き上げ,1946年民話劇『二十二夜待ち』『彦市ばなし』『鶴女房』および『風浪』 (改稿,1947) と次々と作品を発表,劇作家として認められた。歴史の弁証法とドラマの統一を追求。『赤い陣羽織』 (1947) ,1949年度毎日演劇賞に輝いた『夕鶴』などの民話劇と平行して、現代劇『山脈 (やまなみ) 』 (1949) ,『沖縄』 (1961) ,『オットーと呼ばれる日本人』 (1962) ,東京裁判 (極東国際軍事裁判) を扱った『神と人とのあいだ』 (2部,1972) など戦後を代表する戯曲を発表。また,『子午線の祀り』 (1978,読売文学賞) は『平家物語』を題材にした壮大な叙事詩劇。 1986年朝日賞受賞。国の賞や勲章は固辞した。

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百科事典マイペディア 「木下順二」の意味・わかりやすい解説

木下順二【きのしたじゅんじ】

劇作家。東京生れ。東大英文卒。第2次大戦後《彦市ばなし》《三年寝太郎》などの民話劇,《風浪》などの史劇で認められた。また山本安英とともに劇団〈ぶどうの会〉を指導,民話劇《夕鶴》(1949年)は代表作として知られ,オペラ化された。他に《平家物語》を題材とした叙事詩劇《子午綿の祀り》(1978年)などがある。
→関連項目宇野重吉岡倉士朗

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「木下順二」の解説

木下順二 きのした-じゅんじ

1914-2006 昭和後期-平成時代の劇作家。
大正3年8月2日生まれ。「山脈(やまなみ)」「夕鶴」で好評を博し,現代劇と民話劇とで戦後の演劇界をリードする。昭和22年「風浪」で岸田演劇賞,53年「子午線の祀(まつ)り」で読売文学賞。61年朝日賞。平成2年「木下順二集」ほかで毎日芸術賞。演劇論やシェークスピア作品の翻訳もおおい。平成18年11月30日死去。92歳。東京出身。東京帝大卒。作品はほかに「オットーと呼ばれる日本人」など。

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世界大百科事典(旧版)内の木下順二の言及

【夕鶴】より

…木下順二(1914‐ )の戯曲。1949年1月《婦人公論》発表,同年10月ぶどうの会が岡倉士朗演出・山本安英主演によって初演し,85年4月まで1024回上演された。…

※「木下順二」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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