核力(読み)カクリョク(英語表記)nuclear force

デジタル大辞泉 「核力」の意味・読み・例文・類語

かく‐りょく【核力】

原子核内で、陽子中性子を固く結びつけている力。陽子と中性子が接近した時に働き、中間子によって媒介される。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典 「核力」の意味・読み・例文・類語

かく‐りょく【核力】

〘名〙 原子核内で陽子と中性子を強固に結合させ、原子核を形成している力。陽子、中性子が非常に近い距離に接近した時に強い引力として働き、少し離れるとほとんど作用しない。万有引力や電磁気的な力とは異なり、中間子によって媒介される特殊な力。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

改訂新版 世界大百科事典 「核力」の意味・わかりやすい解説

核力 (かくりょく)
nuclear force

核子と核子との間に働く力。原子核は陽子と中性子(まとめて核子という)が結合してできたものである。これらを結びつける力として,万有引力をそれらの質量から計算すると,小さすぎてまったく問題にならない。電気的に中性の中性子も結びつけられているのだから,静電気の引力でもありえない。したがって核子を結ぶ力はこれらの力とは異なる新しい力である。1932年中性子が発見され,W.K.ハイゼンベルクは原子核が陽子,中性子で組み立てられており,それらの間に交換力という新しい形の力が働いていることを指摘した。その後重陽子の構造,中性子と陽子の散乱実験などから核力の性質がしだいに明らかになった。たとえば核力は短距離では強い力だが,ある距離以上離れると急激に弱くなり,ほとんど0になってしまう。35年湯川秀樹は,核力は重量子と名づけた粒子の交換によって起こるとし,核力の到達範囲から推定してその粒子の質量は電子の200倍程度であると予言,48年実際にそのような粒子が発見された。今日π中間子と呼ばれるものである(中間子)。核子と核子がきわめて接近した場合を除き,遠距離での核力はπ中間子理論によって正しく与えられると考えられる。きわめて短距離の場合はいろいろの複雑な事情が生じ,核力という考え自体が不適当となる。

 核力は1fm=10⁻15m以下という小さい領域の中のみで強く,その外では急に弱くなってしまう。したがって巨視的な世界ではもちろん,1nm=10⁻9m程度の大きさの原子,分子の世界でも核力の影響はまったく認められない。1fmという短距離を境にしてまったく異なる新しい世界が展開したのである。これが素粒子物理の世界であり,20世紀後半物理学の一つの主流となった。また核力が短距離力ではあるがきわめて強いことは重要である。原子核の結合エネルギーは,原子,分子の結合エネルギーに比べて100万倍程度の大きさで,したがって核分裂,核融合などの原子核反応の際には化学反応とは桁違いに大きいエネルギーが放出される。

核力は万有引力や電磁気の力と比較し,次のような特徴をもっている。第1に核力は短距離力である。核子と核子の間の距離をrとするとき,rがある値r0より大きくなると核力はexp(-r/r0)の形で指数関数的に減少する。r0を核力の到達範囲といい,実験結果によると約1.4×10⁻15mである。到達範囲の外では核力はほとんど0であるが,内では電磁的な力よりはるかに大きい。第2に核力は交換力を含む。すなわち核力は単に引き合う(あるいはしりぞけ合う)だけでなく,核子のスピンアイソスピンを交換するという働きもする。したがって核力の強さは2核子のスピン,アイソスピンの状態によっても異なる。またテンソル力といって,力の方向が2核子を結ぶ線分の方向と一致しないような非中心力も含まれる。たとえば陽子と中性子で両者のスピンが同じ向きにそろっているときは,テンソル力は陽子・中性子を結ぶ線をスピンの方向と一致させようとする力になる。重陽子がスピンの方向に細長いラグビーボール状になっており,一般に原子核が球形でなく四重極モーメントをもつのはテンソル力によるものである。

 質量数A,原子番号Zの原子核と,その陽子を中性子に,中性子を陽子に置き換えて得られる鏡映核mirror nuclei(質量数A,原子番号A-Z)とはエネルギー準位等がほぼ等しく,電磁的性質を別としてほとんど同じ性質である。このことから陽子と陽子の間に働く核力と,中性子と中性子の間の核力とはほとんど同じであると結論される。これを核力の荷電対称性charge symmetryという。さらにこの核力と,陽子・中性子間の核力とがやはりほとんど等しいことも確かめられている。すなわち核力の強さは,核子が陽子であるか,中性子であるかには無関係で,このことを核力は荷電独立charge independenceであるという。ただし陽子・中性子の場合に比べ,陽子・陽子あるいは中性子・中性子のときはそれらが同種粒子であるため,パウリの原理が働くという違いのあることに注意しなければならない。また陽子・陽子間には静電気力が働き,遠距離では核力より大きくなるが,その効果はとり除いて考えなければならない。

 核力には多体力が存在すると考えられている。3個の核子A,B,Cがあるとき,Aに働く力はBによる核力とCによる核力とのベクトル和のほかに,3個あるために初めて生ずる3体力があり,さらに核子が4個の場合の4体力等,一般に多体力が考えられる。また,核力は飽和性を示す。多核子系である原子核(質量数A)の結合エネルギーは核子数Aに比例し,核子1個当りの結合エネルギーはAに無関係である。すなわちある核子は核内のすべての核子と核力を及ぼし合うのでなく,近くの数個の核子とのみ引き合っているのである。これが核力の飽和性saturation of nuclear forceである。ハイゼンベルクは飽和性は交換力という性質によるものと考えたが,実際は2核子の短距離部分に固い芯と呼ばれる領域があり,核子どうしがある距離以内に近づくことができず,密度一定の物質をつくるためである。

湯川は核力はπ中間子の交換によって生ずるという理論を展開した。基本的な考えは,陽子は中性子に転化し,正電荷のπ⁺中間子を放出する作用をもつということである。このπ⁺を他方の中性子が吸収して陽子になる。これを繰り返すことにより核力を生ずるのである。この作用が荷電を交換する力であることは容易に理解できる。場の量子論によれば波動場は粒子の集団であり,π中間子はある波動場の量子である。静電気力のクーロンポテンシャルが電磁場のマクスウェル方程式の解として得られるように,この波動場の解として核力のポテンシャルが得られる。それはexp(-r/r0)/rという形で,到達範囲r0の好ましい形である。これを湯川ポテンシャルという。到達範囲r0と中間子の質量mとの関係は次のように得られる。中間子の全エネルギーは相対性理論によりmc2である(cは光速度)。量子力学不確定性原理によると,エネルギー保存則が⊿Eだけこわれた状態は⊿tħ/⊿E程度の短時間だけ存在できる(ħはプランク定数hを2πで割ったもの)。π中間子が放出されている状態は⊿tħ/mc2だけ存在可能であり,この間にπ中間子が光速度で走ったとしてとどく距離はr0tc=ħ/mcで,これが核力の到達範囲である。π中間子の質量m=2.5×10⁻28kgからr0=1.4×10⁻15mとなる。陽子・陽子間,および中性子・中性子間の核力を生ずるためには電気的に中性の中間子が必要であり,実際,電荷をもたないπ0中間子が存在する。荷電中間子と中性中間子が同じ質量であり,かつ核子との結合のしかたが一定の関係に従うならば核力の荷電独立性が導かれる。実際のπ0中間子はπ±中間子より3%ほど軽いが,これは電磁相互作用など荷電独立性をこわす作用によるものである。中間子が核子から放出されるとき,角運動量の受渡しがあるならばスピンを交換する力となり,テンソル力も得られる。中間子,あるいはその波動場としては理論上いろいろの形の可能性があるが,擬スカラーと呼ばれる形のときは,核力の形,テンソル力の符号などがすべてうまくいく。核力は短距離部分を除いて,擬スカラーのπ±,π0中間子の理論で説明される。

 核子と核子が近づいたときはさまざまの現象が起こる。まずrr0/2では2個の中間子を同時に交換する過程が生ずる。また重いρ,ω中間子の交換も考慮しなければならない。次に,このような短距離では不確定原理で運動量が大きくなり,核子を相対論的に扱わなければならない。さらに核子はクォークでできているので,rr0では2個の核子の広がりが重なり合うようになる。このような事態を扱うには,力という概念だけでは不十分である。
交換力
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「核力」の意味・わかりやすい解説

核力
かくりょく
nuclear force

原子核の構成粒子である核子(陽子と中性子の総称)の間に働く力。自然界の四つの基本的相互作用強い相互作用、弱い相互作用、電磁相互作用、重力相互作用)のなかの強い相互作用に属する。原子核は核力のもたらす引力的効果で結合している。核力の本性についての理解は、1935年(昭和10)湯川秀樹(ひでき)の中間子論によって開かれた。二つの核子の間で中間子(まず第一にπ(パイ)中間子)が交換されることによって核力が生じる。核力の到達距離は、πのコンプトン波長約1.4フェムトメートル(1フェムトメートルは1000兆分の1メートル)であり、それ以遠は1個のπの交換で生じる力による。近距離になると、2個以上のπおよびこれらが共鳴してできる重い中間子の交換の力が重要となる。さらに至近距離になると、核子を構成するクォークが関与した力が働く。核力は、クーロン力のように距離だけで決まる力でなく、2核子の状態(角運動量、パリティなどの量子数)に依存する。他方、核力では荷電独立性が成り立つ。すなわち、2核子系の同じスピン・パリティの状態では、核力は電荷によらず同じであるという近似的対称性を示す。

 原子核を結合させる核力ポテンシャルの平均的な様相は、約1フェムトメートルで約1億電子ボルトの引力、至近距離で芯(しん)状の斥力(反発しあう力)という特徴を示す。内側で強い斥力と引力の効果が相殺する傾向があるため、原子核の結合には、湯川中間子論の与える1個ないし2個のπ中間子の交換による核力が重要となる。このような性質と短距離力であることから、核力は強いが、運動エネルギーに比して結合力は強くないので、原子核は、ヘリウム原子の系と同様に、量子効果の大きい系である。

 2007年に、核子間に働く力のポテンシャルを格子ゲージ理論のコンピュータ・シミュレーションで導く研究が行われた。結果は湯川中間子論でのπ中間子の交換による核力のポテンシャルとおおよそ一致している。すなわち、核子が遠くにあるときはπ中間子を1個交換する寄与が、互いに近づくと複数のπ中間子の交換が利き、さらに至近距離では大きな斥力の芯が再現されている。

 核力をもっと広義にとらえ、核子の同族であるハイペロンを加えたバリオンの間に働く力とすることもできる。ハイペロンは核子にはない奇妙さ(ストレンジネス)の自由度をもつので、広義の核力はこの量子数にも依存し、その多様性も増す。しかし、二つのバリオンで結合状態をつくるのは、陽子と中性子よりなる重陽子(ジュウテロン)のみである。

[玉垣良三・植松恒夫]

『玉垣良三「核力の多面性」(中村誠太郎監修『大学院原子核物理』所収・1996・講談社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

百科事典マイペディア 「核力」の意味・わかりやすい解説

核力【かくりょく】

核子と核子の間に働く力。きわめて狭い領域(10(-/)13cm程度)だけに強い引力として作用し,核子を狭い空間内にまとめて1個の原子核ができるのは核力によるものとされている。この力は素粒子の強い相互作用(相互作用)に源を求めることができ,現代物理学では核子がπ中間子をやりとりすることによって生ずると考える。
→関連項目引力原子核質量欠損力(物理)湯川秀樹

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「核力」の意味・わかりやすい解説

核力
かくりょく
nuclear force

原子核を構成する核子間に働く力。2個の核子が約 10-15m 以内に接近したときに働く近距離力である。 1934年湯川秀樹は量子論の一般原理に従って核力の場に付随する粒子の存在を予告した。核力の到達する距離はこの粒子の質量を m とするとほぼ h/2πmc ( h はプランク定数,c は真空中の光速度) であることから,この粒子が電子の質量の約 200倍で,電子と陽子の中間の質量をもつと推定し,これを中間子と名づけた。これが π 中間子であり,確認されたのは 47年のことであった。核力は核子がπ中間子やρ,ω 中間子等を交換することによって生じる複雑な力で,2核子間の距離,スピンおよび荷電状態によって異なり,またテンソル力を含む。さらに核子のクォーク構造に関係すると考えられている強い斥力芯が存在する。2陽子間の核力は2中性子間の核力と同じで,これを荷電対称性という。陽子と中性子間の核力も,スピンや相対角運動量の値が同一ならば2陽子間,2中性子間の核力と同じで,これを荷電独立性という。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

化学辞典 第2版 「核力」の解説

核力
カクリョク
nuclear force

核子間にはたらいて原子核結合をもたらす力.核子対のうち,陽子-陽子間にはクーロン力が斥力としてはたらくが,核力はこれに比べて十分強い.核力の作用半径は~2 × 10-15 m で非常に短く,核半径と深い関連を示す.核力はさらに飽和性をもっている.したがって,核力は作用しあう核子対のアイソスピン,スピン座標,位置座標などを交換することにより生じる交換力をも含んでいると考えられる.これは最初,W.K. Heisenberg(1932年)が水素分子イオンなどの化学結合との類推から指摘した.湯川(1936年)は交換力の場に,ある粒子(π中間子)が関係づけられ,その質量が作用半径に結びつけられるという核力の中間子論をたてた.交換力の場合には,粒子対のいろいろな状態に応じて引力がはたらいたり斥力がはたらいたりする結果として,核力の飽和性が表れる.

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android