翻訳|censorship
狭義では,言論・出版等の思想表現行為に対し,公権力が事前にその内容を検査し,不適当と認めるときは規制(発売・発行・上映・上演・放送等の禁止・変更・カット等)を加える措置をいう。しかし,発表後であっても,処罰が過酷・無原則であるため自主規制を余儀なくされる場合には,やはり実質上検閲を構成することになる。広義では,公権力のみならず,社会的に力をもつ個人や団体が同様の規制を行うことも検閲といえる。日本国憲法(21条2項)のみならず,近代憲法は原則として検閲を禁じているが,最近では,検閲行為は送り手(発表者)の自由侵害だけでなく,受け手(読者,視聴者)の知る自由を奪うものとして,絶対的に禁止すべきだ,と考えられるようになった。もっとも,建前とは別に,今日でも多くの国で検閲は依然実施されている。
権力による言論規制の歴史は古いが,近代検閲をもたらしたのは活版印刷の発明であった。迅速,大量,安価な出版手段である活版印刷は,異端・異教の伝播を恐れるローマ教皇庁に衝撃を与え,早くも1479年に印刷所監督に関する諸規定が公布された。また1524年ニュルンベルク帝国議会は検閲に関する最初の規定を作ったが,明白な命令は48年にカール5世が発した勅令(警察法規)だとされている。イギリスでは,1531年ヘンリー8世が聖職者を許可人とする最初の出版許可制度を敷いたが,1世紀余り過ぎた1644年,詩人のJ.ミルトンは《アレオパジティカ》を出版して,検閲制度をはげしく攻撃した。95年イギリス議会は出版許可法を廃止したが,その理由は,制度が有効に機能していないという実際的なものであった。検閲すなわち出版の事前抑制が,コモン・ロー上違法であることを論証したのは,18世紀の法律家W.ブラックストンである。しかし,憲法典の中で初めて検閲の禁止を規定したのは1831年のベルギー憲法だとされている。1791年に制定されたアメリカ合衆国憲法修正第1条は,言論・出版の自由を保障しているが,この条項が検閲の禁止を意味するという解釈が確立したのは,ずっと後の1931年の事件(ニア対ミネソタ州事件)からである。日本では,明治憲法下において警察や軍部の検閲が存在したが,日本国憲法は21条2項ではっきりと検閲を否定した。しかし,占領期間中は連合軍最高司令部によって,きびしい検閲が行われていた。
(1)税関検閲 関税定率法21条により,税関長は書籍,映画等の輸入に際し〈公安又は風俗を害すべき〉物品にあたるかどうかを判断できることになっている。条文上は税関長は輸入者に対し単に通知するにすぎないことになっているが,そのまま持ちこめば税関法違反に問われることが明らかであるため,実質上の検閲処分に等しい効果がある。そこで,これを税関検閲と呼び違憲とする学説が多いが,1980年3月25日,札幌地裁は限定的ながら,裁判所として初の違憲判決を行った。(2)教科書検定(教科書検定制度) 日本の小・中学校および高校は,文部大臣の検定を経た教科書または文部省著作の教科書を使用しなければならないことになっている。家永三郎は,その高校用教科書《新日本史》が不合格(1963),修正意見付合格(1964)となったことを不服として,国家賠償請求訴訟(第1次訴訟),および不合格処分取消訴訟(第2次訴訟)を起こした。1970年東京地裁は第2次訴訟につき,検定制度自体は違憲とはいえないが,本件処分は執筆者の思想内容を事前に審査する検閲にあたると判断した。しかし,74年の第1次訴訟の判決では,東京地裁は,検定制度は憲法の禁止する検閲には当たらぬ,として家永の請求をしりぞけた。第2次訴訟の控訴審(東京高裁)は憲法判断を加えず,違法な処分の理由で国の控訴を棄却したが(1975),最高裁はこの判決を破棄して原審に差し戻した(1982)。(3)デモ等の規制 書籍や映画などが行動的要素のない純表現物であるのに対し,集会や示威行進(デモ等)には表現プラス行動という特徴がある。また,これらの行動的表現は,マス・コミュニケーションに共通のメディア的要素に乏しい。一般に〈大衆表現〉と呼ばれるこれらの表現に対しても憲法の保障は及ぶが,その保障の程度はマス・メディアに比べてかなり低くなっている。最高裁は当初,デモ等の一般的許可制は違憲だとしたが,1960年の東京都公安条例事件では,集団行動による表現の自由に関するかぎり事前抑制もやむをえないものとした。これは,デモ等については検閲を認めることに等しく,学説の批判を受けている。(4)司法による事前抑制 思想表現に対する事前抑制は,ふつう行政官によって行われるが,裁判所が行う場合も検閲として禁止されるか。この点については学説上も争いがあるが,70年の映画《エロス+虐殺》事件や81年の《北方ジャーナル》事件において,裁判所はきびしい条件をつけながらも,司法による事前抑制を認める判決を行っている。これらの事件は,すべて名誉毀損やプライバシー侵害を差し止めようとする仮処分事件であるが,裁判所も公権力であることに変りはなく,安易に仮処分を認めることは許されないものと考えられる。
検閲を禁止する最も大きな理由は,情報の自由な流れを確保し民主的な社会の実現をもたらすことにある。したがって,重要な情報を握っている官公庁が不当に公開を拒否・制限したり,マスコミ機関が不必要な自主規制を行うことは,検閲に勝るとも劣らない弊害を生むことになる。一方的に情報を流して国民を操作する危険を防ぐためにも,検閲と同様,公権力やメディアの自主規制は警戒する必要がある。
→映画検閲 →教科書裁判 →言論統制 →発禁 →表現の自由
執筆者:清水 英夫
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…狭義では,言論・出版等の思想表現行為に対し,公権力が事前にその内容を検査し,不適当と認めるときは規制(発売・発行・上映・上演・放送等の禁止・変更・カット等)を加える措置をいう。しかし,発表後であっても,処罰が過酷・無原則であるため自主規制を余儀なくされる場合には,やはり実質上検閲を構成することになる。広義では,公権力のみならず,社会的に力をもつ個人や団体が同様の規制を行うことも検閲といえる。日本国憲法(21条2項)のみならず,近代憲法は原則として検閲を禁じているが,最近では,検閲行為は送り手(発表者)の自由侵害だけでなく,受け手(読者,視聴者)の知る自由を奪うものとして,絶対的に禁止すべきだ,と考えられるようになった。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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