検閲(読み)ケンエツ(英語表記)censorship

翻訳|censorship

デジタル大辞泉 「検閲」の意味・読み・例文・類語

けん‐えつ【検閲】

[名](スル)
調べあらためること。
「二十句の佳什を得るために千句以上を―せざるべからず」〈子規・墨汁一滴〉
公権力が書籍・新聞・雑誌・映画・放送や信書などの表現内容を強制的に調べること。日本国憲法では禁止されている。
精神分析の用語。無意識の層の中にある非道徳的で危険な願望を、超自我が抑圧・変形すること。
[類語]検査点検検定検するけみするえっする改める検分吟味実検臨検査閲監査チェック調べる

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改訂新版 世界大百科事典 「検閲」の意味・わかりやすい解説

検閲 (けんえつ)
censorship

狭義では,言論・出版等の思想表現行為に対し,公権力が事前にその内容を検査し,不適当と認めるときは規制(発売・発行・上映・上演・放送等の禁止・変更・カット等)を加える措置をいう。しかし,発表後であっても,処罰が過酷・無原則であるため自主規制を余儀なくされる場合には,やはり実質上検閲を構成することになる。広義では,公権力のみならず,社会的に力をもつ個人や団体が同様の規制を行うことも検閲といえる。日本国憲法(21条2項)のみならず,近代憲法は原則として検閲を禁じているが,最近では,検閲行為は送り手(発表者)の自由侵害だけでなく,受け手(読者,視聴者)の知る自由を奪うものとして,絶対的に禁止すべきだ,と考えられるようになった。もっとも,建前とは別に,今日でも多くの国で検閲は依然実施されている。

権力による言論規制の歴史は古いが,近代検閲をもたらしたのは活版印刷の発明であった。迅速,大量,安価な出版手段である活版印刷は,異端・異教の伝播を恐れるローマ教皇庁に衝撃を与え,早くも1479年に印刷所監督に関する諸規定が公布された。また1524年ニュルンベルク帝国議会は検閲に関する最初の規定を作ったが,明白な命令は48年にカール5世が発した勅令(警察法規)だとされている。イギリスでは,1531年ヘンリー8世が聖職者を許可人とする最初の出版許可制度を敷いたが,1世紀余り過ぎた1644年,詩人のJ.ミルトンは《アレオパジティカ》を出版して,検閲制度をはげしく攻撃した。95年イギリス議会は出版許可法を廃止したが,その理由は,制度が有効に機能していないという実際的なものであった。検閲すなわち出版の事前抑制が,コモン・ロー上違法であることを論証したのは,18世紀の法律家W.ブラックストンである。しかし,憲法典の中で初めて検閲の禁止を規定したのは1831年のベルギー憲法だとされている。1791年に制定されたアメリカ合衆国憲法修正第1条は,言論・出版の自由を保障しているが,この条項が検閲の禁止を意味するという解釈が確立したのは,ずっと後の1931年の事件(ニア対ミネソタ州事件)からである。日本では,明治憲法下において警察や軍部の検閲が存在したが,日本国憲法は21条2項ではっきりと検閲を否定した。しかし,占領期間中は連合軍最高司令部によって,きびしい検閲が行われていた。

(1)税関検閲 関税定率法21条により,税関長は書籍,映画等の輸入に際し〈公安又は風俗を害すべき〉物品にあたるかどうかを判断できることになっている。条文上は税関長は輸入者に対し単に通知するにすぎないことになっているが,そのまま持ちこめば税関法違反に問われることが明らかであるため,実質上の検閲処分に等しい効果がある。そこで,これを税関検閲と呼び違憲とする学説が多いが,1980年3月25日,札幌地裁は限定的ながら,裁判所として初の違憲判決を行った。(2)教科書検定(教科書検定制度) 日本の小・中学校および高校は,文部大臣の検定を経た教科書または文部省著作の教科書を使用しなければならないことになっている。家永三郎は,その高校用教科書《新日本史》が不合格(1963),修正意見付合格(1964)となったことを不服として,国家賠償請求訴訟(第1次訴訟),および不合格処分取消訴訟(第2次訴訟)を起こした。1970年東京地裁は第2次訴訟につき,検定制度自体は違憲とはいえないが,本件処分は執筆者の思想内容を事前に審査する検閲にあたると判断した。しかし,74年の第1次訴訟の判決では,東京地裁は,検定制度は憲法の禁止する検閲には当たらぬ,として家永の請求をしりぞけた。第2次訴訟の控訴審(東京高裁)は憲法判断を加えず,違法な処分の理由で国の控訴を棄却したが(1975),最高裁はこの判決を破棄して原審に差し戻した(1982)。(3)デモ等の規制 書籍や映画などが行動的要素のない純表現物であるのに対し,集会や示威行進(デモ等)には表現プラス行動という特徴がある。また,これらの行動的表現は,マス・コミュニケーションに共通のメディア的要素に乏しい。一般に〈大衆表現〉と呼ばれるこれらの表現に対しても憲法の保障は及ぶが,その保障の程度はマス・メディアに比べてかなり低くなっている。最高裁は当初,デモ等の一般的許可制は違憲だとしたが,1960年の東京都公安条例事件では,集団行動による表現の自由に関するかぎり事前抑制もやむをえないものとした。これは,デモ等については検閲を認めることに等しく,学説の批判を受けている。(4)司法による事前抑制 思想表現に対する事前抑制は,ふつう行政官によって行われるが,裁判所が行う場合も検閲として禁止されるか。この点については学説上も争いがあるが,70年の映画《エロス+虐殺》事件や81年の《北方ジャーナル》事件において,裁判所はきびしい条件をつけながらも,司法による事前抑制を認める判決を行っている。これらの事件は,すべて名誉毀損やプライバシー侵害を差し止めようとする仮処分事件であるが,裁判所も公権力であることに変りはなく,安易に仮処分を認めることは許されないものと考えられる。

検閲を禁止する最も大きな理由は,情報の自由な流れを確保し民主的な社会の実現をもたらすことにある。したがって,重要な情報を握っている官公庁が不当に公開を拒否・制限したり,マスコミ機関が不必要な自主規制を行うことは,検閲に勝るとも劣らない弊害を生むことになる。一方的に情報を流して国民を操作する危険を防ぐためにも,検閲と同様,公権力やメディアの自主規制は警戒する必要がある。
映画検閲 →教科書裁判 →言論統制 →発禁 →表現の自由
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検閲 (けんえつ)
censorship

S.フロイトの用語。夢では覚醒時にくらべて無意識的内容が浮上しやすくなるが,それでも無意識的内容が前意識-意識系に到達することを禁止したり抑制する機能が働いている。この機能を検閲という。その結果,夢の歪曲が成立し,夢の意味のわかりにくさの一因となっている。この検閲という概念は,超自我の概念の理論的な先駆とみなされる。
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図書館情報学用語辞典 第5版 「検閲」の解説

検閲

言論や出版などの表現活動に対して,事前に公権力が思想内容を審査し,必要があれば,その内容などについて削除や訂正を求めたり,発表を禁止すること.日本では,検閲は,「日本国憲法」第21条で禁止されている.検閲は,絶対的禁止であり,公共の福祉などの制限を受けることはない.図書館における検閲は古くて新しいテーマであり,資料収集,資料提供とのかかわりにおいて,公権力以外に,個人や団体から,特定の図書館資料に対する苦情や異議が述べられることも含んでいる.検閲の目的や動機は,道徳的,政治的,宗教的理由などによる制限や抑圧にある.ゲルホーン(Walter Gellhorn 1906-1995)によれば,“検閲の弁護者たちは,検閲を個人の徳の堕落,文化水準の低下および民主主義の一般的保障の崩壊を阻止する手段と考えている.これとは逆に,検閲に反対する人々は,検閲なるものは,民主主義の生命を支えるこれらの徳と基準を育成向上させる自由に対する脅威である,とみているのである”.また,検閲には自己検閲という問題が新しく生じている.検閲の極端な行為として焚書がある.

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百科事典マイペディア 「検閲」の意味・わかりやすい解説

検閲【けんえつ】

思想・表現の公表(文書,写真,映画,放送など)に際し,公権力をはじめ社会的に力をもつ個人や団体がその内容を検査し,不適当と判断した場合に規制を加える(発売・上映等の禁止,変更,削除など)こと。事前検閲と事後検閲とがあるが,一般には前者をさす。近代検閲の歴史は活版印刷など大量の複製技術の成立とともに始まる。日本では明治維新直後の1869年に出版条例が,1875年に新聞紙条例が制定されている。それが明治憲法下でそれぞれ出版法(1893),新聞紙法(1909)として整備・強化され,1917年には映画検閲を目的とした活動写真興行取締規則が警視庁から公布されている。戦時下には言論・出版・集会・結社等臨時取締法(1941年)なども加わり,とりわけ厳重であった。戦後の現行憲法は明文で禁止している(日本国憲法第21条)。→表現の自由

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普及版 字通 「検閲」の読み・字形・画数・意味

【検閲】けんえつ

検察する。〔洛陽伽藍記、二、崇真寺〕比丘(ぴく)惠凝、死して七日を經て(ま)た活く。云ふ、閻羅(えんら)王檢し、錯召を以て放せらると。

字通「検」の項目を見る

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「検閲」の意味・わかりやすい解説

検閲
けんえつ
censorship

公権力が,表現行為ないし表現物を検査し,不適当と判断する場合には発表を禁止すること。公表以前に行う事前検閲,公表後に行う事後検閲とに分れる。いずれも,国民の表現の自由を侵害しやすいので,近代の憲法では,検閲を禁止する条項をおくものが多い。日本国憲法は 21条2項でこれを禁じている。

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世界大百科事典(旧版)内の検閲の言及

【検閲】より

…狭義では,言論・出版等の思想表現行為に対し,公権力が事前にその内容を検査し,不適当と認めるときは規制(発売・発行・上映・上演・放送等の禁止・変更・カット等)を加える措置をいう。しかし,発表後であっても,処罰が過酷・無原則であるため自主規制を余儀なくされる場合には,やはり実質上検閲を構成することになる。広義では,公権力のみならず,社会的に力をもつ個人や団体が同様の規制を行うことも検閲といえる。日本国憲法(21条2項)のみならず,近代憲法は原則として検閲を禁じているが,最近では,検閲行為は送り手(発表者)の自由侵害だけでなく,受け手(読者,視聴者)の知る自由を奪うものとして,絶対的に禁止すべきだ,と考えられるようになった。…

※「検閲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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