日本大百科全書(ニッポニカ) 「橋田東声」の意味・わかりやすい解説
橋田東声
はしだとうせい
(1886―1930)
歌人。高知県生まれ。本名丑吾(しゅうご)。初め濤声(とうせい)と号した。東京帝国大学法科大学卒業。明治大学講師を経て東京外国語学校(現東京外国語大学)教授。旧制第七高等学校在学時代『明星(みょうじょう)』社友となり中村憲吉、堀内卓造らと歌会をもつ。1917年(大正6)四海民蔵(しかいたみぞう)、臼井大翼(うすいたいよく)らと歌誌『珊瑚礁(さんごしょう)』を創刊。19年『覇王樹(はおうじゅ)』を創刊、主宰。温和な歌風で、歌集『地懐』(1921)のほか、『子規(しき)と節(たかし)と左千夫』(1929)など評伝、評釈の著書多数がある。
[藤岡武雄]
花店(はなみせ)の街路(とほり)に及べる灯影(ほかげ)ひろしそのなかを人ら行き過ぎてをり
『『現代日本文学全集90 現代短歌集』(1957・筑摩書房)』▽『『子規と節と左千夫』(1975・五月書房)』