科学雑誌(読み)かがくざっし

改訂新版 世界大百科事典 「科学雑誌」の意味・わかりやすい解説

科学雑誌 (かがくざっし)

狭義には,科学研究成果の主たる発表メディアであって,ふつう活字印刷された定期刊行物で,学会などの刊行母体をもち,学会員によって投稿を購読されるもの(scientific periodicalまたはscientific journal)。広義には,科学記事を中心とする商業雑誌scientific magazineを含む。

 印刷が普及する以前の写本時代には,学問研究発表は主としてアリストテレス著述のような古典の写本への注釈の形で行われていた。印刷術の到来とともに,古典の部分には学界共通の版が成立するので,もはや写す必要がなくなり,注釈が独立して論文となった。また実験の報告のような近代科学的研究には古典が存在しない。このような論文や報告は一つ一つが独立した短いものであるが,それをためて一定の大きさの自著パンフレットとして出版するまでには時間がかかる。そこで,速報性を重んじるために,多くの人から論文や報告を集めて,定期的に刊行するようにしたものが学術雑誌である。こうして17世紀の科学革命期に科学雑誌があらわれ,近代科学普及のメディアになった。その最初で後の科学雑誌のモデルになったものが,ローヤル・ソサエティの機関誌である《フィロソフィカル・トランザクションズPhilosophical Transactions》(1665年より刊行)である。

 写本時代から印刷時代にうつると,研究発表の公共的意味が変わってくる。研究が写本で伝えられているあいだは,著作権を主張することは事実上困難で,偽書剽窃(ひようせつ)が日常茶飯事として行われていたし,どの写本をもって標準的なものと決めるということができなかった。ところが印刷時代に入ると同一のものが数百部以上刷られ,公共性を獲得し,著作権が確立する。手書き原稿やその写本の段階ではまだ私的情報にすぎなかったものが,印刷されると万人に認められる公共的知識としての地位を獲得する。写本メディアによる前近代科学が秘伝性を帯びたのに対し,印刷メディアによる近代科学は普遍性,客観性を特性とするが,その転換を可能にした場が科学雑誌であった。

 私的情報を公共的知識に転ずる際に,学会が介入して審査委員会を設定し,原稿を回覧して,質が水準に達し,未発表の新しい知識であることを確認すれば,雑誌に載せる。そして著者の業績として科学界の共通財産である知識体系に加えられる。研究の重複や剽窃を防ぐために,アブストラクトや文献目録などの二次文献の出版も18世紀後半から多くなる。またそのころから科学の専門化が進むにつれて,医学をはじめとして専門別の科学雑誌が創刊され,19世紀になると,一般科学誌は学会の最前線のメディアとしての任務に耐えられなくなり,専門誌の機能とは別に科学界の連絡と啓蒙という性格をもってこのころから再編される。そのうちでも,《ネイチャーNature》(イギリス,1869創刊)や《サイエンスScience》などが学術的側面を維持しつづけたのに対して,1845年にアメリカで創刊された《サイエンティフィック・アメリカンScientific American》誌は純粋な啓蒙の立場をとり,現在に至る大衆向け科学雑誌の原型をつくった。

日本最初の科学雑誌は1931年刊行の《科学》であるが,これは先の《ネイチャー》をモデルにしたもので(初代編集主任石原純),学術雑誌的色彩の強いものであった。その後,より啓蒙色の強い《科学朝日》(1941),《自然》(1946)などが創刊され,第2次大戦後の科学論壇の舞台となった。80年代に入ると,コンピューター,生物工学などの技術革新の波にのって《ニュートン》をはじめ数多くの科学雑誌が刊行され,一種の科学雑誌ブームを巻き起こしたが,90年代に入ると,その多くが休刊ないし廃刊に追い込まれた。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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