脳出血(脳溢血)(読み)のうしゅっけつのういっけつ(英語表記)Brain Hemorrhage

家庭医学館 「脳出血(脳溢血)」の解説

のうしゅっけつのういっけつ【脳出血(脳溢血) Brain Hemorrhage】

◎ほとんどは高血圧が原因
[どんな病気か]
[原因]
[症状]
◎出血しやすい部位がある
[種類]

[どんな病気か]
 脳の動脈の一部が破れ、脳の中(脳実質(のうじっしつ)内)に血液があふれ出るのが脳出血です。
 動脈の破れた部分は自然にふさがり、出血はまもなく止まりますが、あふれ出た血液が固まって血腫(けっしゅ)ができ、この血腫が脳を圧迫したり破壊したりして、脳のはたらきが障害され、さまざまな神経症状が現われてきます。

[原因]
 脳出血のほとんどは、高血圧が原因でおこります。
 高血圧があると、動脈に絶えず高い圧がかかるため、動脈壁、とくに脳の奥深いところにある細い動脈の動脈壁がもろくなって弾力性がなくなり、こぶ状にふくらんできます(動脈硬化(どうみゃくこうか)による微小動脈瘤(びしょうどうみゃくりゅう))。この部分が高い血圧に耐えきれなくなって破裂し、脳出血をおこすと考えられています。
 そのほか、脳動脈の一部が先天的にこぶ状にふくらんでいる脳動脈瘤(のうどうみゃくりゅう)、動脈と静脈が異常な血管を介して直接つながっている脳動静脈奇形(のうどうじょうみゃくきけい)、異常に細い血管が網の目のように発育するもやもや病といった脳の血管の異常、頭部外傷、脳腫瘍(のうしゅよう)、血管腫(けっかんしゅ)のほか、血友病(けつゆうびょう)、白血病(はっけつびょう)などの血液の病気が原因でおこる脳出血もあります。
 また、血栓(けっせん)防止の治療薬(脳梗塞(のうこうそく)の再発予防)であるアスピリン(抗血小板薬(こうけっしょうばんやく))、ワルファリンカリウム(抗凝固薬(こうぎょうこやく))などの血液を固まりにくくする薬の常用でおこる脳出血もあります。
 その一方で、いくら検査をしても原因がわからない場合もあります。

[症状]
 症状は出血した部位によって異なります(「種類」)。
 典型的な場合は、気分が悪くなって、頭痛めまい、嘔吐(おうと)などが現われてきます。ときには、けいれんや大小便の失禁(しっきん)をともなうこともあります。
 その後、ろれつが回らなくなって思うように話せない、片側の手足の力が抜けて思うように動かせない(片(へん)まひ)、片側の口角からよだれをたらす、舌をまっすぐに伸ばせないなどの症状が数時間以内に現われてきます。
 軽症の場合は、ろれつが回らない、片側の顔や手足の軽いまひ、半身のしびれや感覚が鈍くなる程度ですみますが、重症になると意識障害が出現し、さらに進行すると深い昏睡状態(こんすいじょうたい)(名前を呼んだり、からだをつねったりしても反応しない)におちいり、いびきをかき、呼吸状態が悪くなり、そのまま死亡することもあります。
 意識が回復しても、片側の顔面や手足のまひ、言語障害、ぼけ症状などの後遺症が残ることも少なくありません。
 脳出血の発作は、典型例では日中の活動時におこることが多く、ストレスのかかる会議や興奮時、急激にからだに力を入れたり腹圧を加える、寒いところに出る、といったことがきっかけとなっておこります。したがって、トイレに入っているときや入浴前後の寒い脱衣場などで発作がおこることが少なくありません。

[種類]
 脳は、大別すると左右の大脳半球(だいのうはんきゅう)、小脳(しょうのう)、脳幹部(のうかんぶ)の3つの領域に分けられます。
 脳出血は、脳の動脈のどこにおこっても不思議はないのですが、高血圧が原因の場合は、おこりやすい部位が決まっています。高い圧がかかると破裂しやすい部位があるのです。
 大脳半球では、脳深部の中心に近い視床(ししょう)という部位(視床(ししょう))出血と、その外側にある被殻(ひかく)という部位(被殻出血(ひかくしゅっけつ))におこることが多いのですが、表面に近い部位(皮質下出血(ひしつかしゅっけつ))におこることもあります。
 脳幹部では橋(きょう)という部位(橋(きょう))出血におこりやすく、小脳にもおこりやすい部位(小脳出血(しょうのうしゅっけつ))があります。
 そのほか、まれに尾状核頭部(びじょうかくとうぶ)にもおこることがあります。
■視床出血(ししょうしゅっけつ)
■被殻出血(ひかくしゅっけつ)
■皮質下出血(ひしつかしゅっけつ)(脳葉型出血(のうようがたしゅっけつ))
■橋出血(きょうしゅっけつ)
■小脳出血(しょうのうしゅっけつ)
■尾状核頭部出血(びじょうかくとうぶしゅっけつ)

■視床出血(ししょうしゅっけつ)
●症状
 視床には、感覚をつかさどる中枢(ちゅうすう)があるため、ここに出血がおこると、顔面を含む半身の感覚が鈍くなったり、過敏になったりします。
 視床のすぐ外側には内包(ないほう)という部位があって、運動や感覚をつかさどる神経の束がぎっしりと存在するため、血腫が内包におよぶと、顔面や手足のまひ、ろれつが回らないといった言語障害なども現われてきます。
 また、視床の内側には脳室(のうしつ)という部屋があり、脳幹部や脊髄(せきずい)、大脳の表面とつながっているので、血腫が脳室にまでおよぶと脳室内に血液がもれ出し(脳室穿破(のうしつせんば))、意識障害をおこしたり、眼球が鼻先を見つめるように下を向いたりします。
 そのほか、力は入るのに手足を思うように動かせない(運動失調(うんどうしっちょう))、手足や手の指が意思に反してひとりでに動く(不随意運動(ふずいいうんどう))こともあります。
●治療の原則
 視床は、脳の深いところにあるので、手術をすると健全な脳を傷つけることになるため、開頭による手術はしないのが原則です。
 症状や障害に応じて薬物療法リハビリテーションを行ないます。
●予後
 血腫の大きさや脳室への穿破の程度、出血部位で異なります。
 軽症であれば、後遺症を残さずに回復することもありますが、運動まひはよくなったのに、顔面(おもに口の周囲)や手の先などにビリビリとしびれるようないやな感じが残ったり、感覚障害が強く、失調や不随意運動のためにスムーズに運動ができず、立ったり歩いたりしようとしても、思うようにバランスがとれないなどの後遺症が残ることもあります。
 重症の場合は、発作時から意識状態が悪く、回復しても手足のまひや感覚障害が強く残り、寝たきりの状態になったり、ときには発作後1週間以内に死亡することもあります。

■被殻出血(ひかくしゅっけつ)
 高血圧が原因でおこる脳出血のなかで、もっとも頻度が高いものです。
●症状
 被殻の内側には、運動や感覚をつかさどる神経が通る内包という部位があります。被殻に出血がおこると、内包に血腫が入り込んだり、内包を圧迫することが多いので、顔面や手足のまひ、半身の感覚が鈍くなるなどの症状が現われますが、視床出血に比べて感覚障害は軽いのが特徴です。
 被殻の外側は、言語、行動、理解、認識などの高次機能をつかさどる神経細胞と連絡路でつながっています。
 このため、左大脳半球に出血すると、ことばが出せない、しゃべれても意味をなさない、人のいうことが理解できないといった失語症(しつごしょう)が現われることもあります。
 右大脳半球に出血すると、左半側の空間にあるものを無視する半側空間無視(はんそくくうかんむし)がおこることもあります。
●治療の原則
 中等度以内の脳出血は、手術でも、内科的治療でも機能的な予後は変わらないので、手術はしないのが原則です。最近は、細い針を血腫まで入れて、血液を吸いとる手術(血腫吸引術(けっしゅきゅういんじゅつ))が行なわれることがあります。
 重症の場合は、手術でたとえ生命が助かっても、重度の後遺症が残ったり、寝たきりや植物状態になることが多いため、内科的治療が原則となります。
●予後
 血腫の大きさで決まることが多く、軽症の場合は、適切な治療で比較的早い時期に社会復帰ができますが、重症の場合は、意識障害が強く現われ、半身不随で寝たきりになったり、1週間以内に死亡することもあります。

■皮質下出血(ひしつかしゅっけつ)(脳葉型出血(のうようがたしゅっけつ))
 頭の位置と機能の面から、大脳半球の表面に近いところは、前頭葉(ぜんとうよう)、頭頂葉(とうちょうよう)、側頭葉(そくとうよう)、後頭葉(こうとうよう)の4つの部分に分けられていて、ここに出血がおこるものを皮質下出血といいます。
 高血圧のほか、脳動静脈奇形(のうどうじょうみゃくきけい)、海綿状血管腫(かいめんじょうけっかんしゅ)、脳動脈瘤(のうどうみゃくりゅう)、静脈洞血栓症(じょうみゃくどうけっせんしょう)、脳腫瘍(のうしゅよう)、アミロイド血管症(けっかんしょう)、頭部外傷、出血をおこしやすい血液の病気、薬物などが原因となることもあって、早く原因を突きとめることが必要です。
●症状
 たいてい頭痛がおこります。大脳半球の表面には、神経細胞の存在する皮質(ひしつ)という部位がありますが、その下の皮質下(白質(はくしつ))は、運動や感覚をつかさどる神経帯がまばらなため、血腫の大きさに比べてまひや感覚の障害は比較的軽いのが特徴です。
 前頭葉の出血の場合は、認知症や尿失禁(にょうしっきん)、場所や時間がわからない、話し声が小さい、ことばがでにくい、まひなどの症状が出ることもあります。
 頭頂葉や側頭葉の出血では、左半球におこれば失語症、失行、失認などの症状が、右半球の場合は、左側の空間失認(左半側にあるものを無視する)や注意力の低下、感情表現の障害などがみられることもあります。
 また、どちらの半球に出血しても、血腫と反対側の視野が狭くなり、見えにくくなることもあります。
 後頭葉に出血した場合は、血腫と反対側の視野が見えにくくなるため(同名性半盲(どうめいせいはんもう))、見えない側の頭やからだをものにぶつけやすいので、家族や周囲の人が注意する必要があります。
●治療の原則
 原因となった病気によって異なり、脳神経外科での手術が必要な場合もあります。
●予後
 重い病気が隠れていない場合は、内科的な治療で経過も良好ですが、出血をおこした原因となる病気を早く調べることがたいせつです。

■橋出血(きょうしゅっけつ)
 脳のもっとも奥深い、大脳と脊髄をつないでいる脳幹にある、橋という部位での出血です。
 高血圧のほか、脳動静脈奇形、血管腫、脳腫瘍が原因のこともあります。
●症状
 橋は、その下にある延髄(えんずい)とともに生命中枢といわれ、意識、呼吸、体温調節、嚥下(えんげ)(飲み込み)などの機能をつかさどるたいせつなところなので、大脳半球の出血と比べると意識障害が現われやすく、呼吸の抑制、体温の異常な上昇、嚥下障害がおこることがあります。また、手足のまひや感覚障害もおこることが多いものです。
 橋には、眼球を動かしたり、顔や口を動かしたりする脳神経や中枢があるため、眼球の位置や動きが障害されたり、瞳孔(どうこう)が極端に小さくなったり、大脳半球の出血に比べて、よりひどく顔がゆがんで、ろれつが回らなくなるのが特徴です。
●治療の原則
 原則として手術はせずに、症状に応じた治療が行なわれます。
●予後
 意識障害が軽い場合は、社会復帰が可能ですが、血腫が大きく意識障害の強い場合は、強い後遺症を残したり、呼吸が止まり死亡することも少なくありません。

■小脳出血(しょうのうしゅっけつ)
 もっとも多い原因は、高血圧です。
●症状
 突然のめまい、頭痛、吐(は)き気(け)、嘔吐(おうと)などで発症します。
 軽症であれば、意識は障害されず、手足のまひもおこりませんが、小脳は運動全体をコントロールしているところなので、立ち上がろうとしても立てなかったり、歩けなかったりすることがよくおこります。また、出血した側の手足に運動失調がおこったり、ろれつの回りが悪くなったり(小脳性言語障害)することもあります。
 血腫が大きい重症例では、初めは意識がはっきりしていますが、しばらくすると、血腫が脳幹部を圧迫するため徐々に意識状態が悪化し、手足のまひが現われ、呼吸が不規則になります。
●治療の原則
 小さな出血(直径3cm以下)は、内科的治療で良好な経過をたどり、社会復帰が可能なことが多いものです。意識状態が急速に悪化する場合は、脳神経外科で適切な手術を受ければ命を救え、さらに社会復帰が可能なこともあります。

■尾状核頭部出血(びじょうかくとうぶしゅっけつ)
 症状が似ているため、くも膜下出血(まくかしゅっけつ)とまちがわれやすく、CTで診断します。原因の多くは高血圧です。
●症状
 突然、頭痛と嘔吐がおこり、意識障害が現われることが多く、手足のまひはないか、あっても軽度です。
●予後
 大出血でなければ、予後はよく、内科的治療で後遺症を残さず回復します。

出典 小学館家庭医学館について 情報

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