自動記述(読み)じどうきじゅつ(英語表記)écriture automatique[フランス]

改訂新版 世界大百科事典 「自動記述」の意味・わかりやすい解説

自動記述 (じどうきじゅつ)
écriture automatique[フランス]

1919年,フランスの詩人ブルトンによって創始され,シュルレアリスム運動発足の前提となった実験記述法。道徳上,美学上のあらゆる先入主を捨て,しかもあらかじめ何を書くかをいっさい考えずに,できるだけ速く,自動的に,文章を書き進めてゆく行為を言う。精神病理学の診察法にこれと似たもの(自動書記)があり,もと精神科の医学生だったブルトンがその方法を参考にしたことは確かだが,しかし,書くという行為そのものを問い直す文学的意図を伴っていた点で,後者とは異なる。半睡時の自動的な発語現象の観察からこの方法を発案したブルトンは,友人のスーポーとともに実験をつづけたが,その際,書く速度意識的に速める試みを繰り返したという。すなわち,速度を速めれば速めるほど,文章の主語と時制があいまいになり,主体の払散あるいは崩壊とみなしうる状態に立ちいたった。稀有な解放感を伴うこの状態を,狂気への端緒とも感じざるをえなかった彼らは,実験を中止し,それまでの成果を《磁場Champs magnétiques》(1920)と題するテキスト集にまとめた。その後パリ・ダダ時代には表面化しなかったが,22年にいたって,いわゆる霊媒現象との関連が確認され,デスノスらの催眠術をかけられた状態での口述・記述の実験へと発展する。また同時期の夢の記述の実験からも,より広い意味での〈オートマティスムautomatisme(心の自動性)〉の存在が仮説され,そのことがシュルレアリスム理論構築のきっかけとなった。24年の《シュルレアリスム宣言》の論旨はもとより,同書の後半部にブルトンの代表的な自動記述テキスト集《溶ける魚》が収められたという事実からも,シュレアリスムの運動におけるこの方法の重要性は明らかであろう。以来,シュルレアリストばかりでなく多くの現代詩人によって,自動記述は部分的に試みられ,さらに美術や音楽上の方法論にも導入されるようになった。そもそもすべての芸術創造が,多かれ少なかれ自動記述的な部分を含むのではないかという問題提起を,ブルトンとシュルレアリストたちが試みたのだと考えることもできる。
シュルレアリスム
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百科事典マイペディア 「自動記述」の意味・わかりやすい解説

自動記述【じどうきじゅつ】

意識や技術支配を受けずに,できるだけ速く自動的に文章を書いたり造形する行為のこと。1919年ブルトンによって創始され,シュルレアリスムの方法的原理の一つとなった。理性や社会道徳に抑圧されている人間の内面の思考や無意識を自由に表出させることを目的とし,〈書く主体〉のありかを問い直す試みとして重要なものである。典型的な作品にブルトンとスーポーの共同執筆による《磁場》(1920年)がある。
→関連項目フロッタージュマッソン

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世界大百科事典(旧版)内の自動記述の言及

【自由連想法】より

…こんにち広く行われている精神分析的精神療法psychoanalytic psychotherapyにおいては,ソファを用いない対面面接を行っているが,患者に自在に語らせるという自由連想法の基本方針はそのまま踏襲されている。なおフロイトの自由連想法は,シュルレアリスムにおける自動記述の方法に多大の影響を与えたともいわれる。【下坂 幸三】。…

【シュルレアリスム】より

…1920年代のはじめにフランスの詩人ブルトンらによって開始された文学・芸術上の運動,およびその思想・方法等を指す。発端は1919年に彼とスーポーとが試みたいわゆる〈自動記述(オートマティスム)〉(《磁場》1920)にある。この実験の結果,思考の純粋かつ原初的な姿に触れうると信じた彼らは,アラゴン,エリュアールらとともに,その確信にもとづく新しい思想と運動の可能性を探りはじめた。…

※「自動記述」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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