舞踏病(読み)ぶとうびょう(英語表記)chorea

翻訳|chorea

精選版 日本国語大辞典 「舞踏病」の意味・読み・例文・類語

ぶとう‐びょう ブタフビャウ【舞踏病】

〘名〙 神経疾患の一つ。顔面、手、足、舌などに急速な不随意運動を示すことが特徴。大脳基底核ないし錐体外路系に病巣が推定される。
西説内科撰要(1792)一一八章「少女子等に於て此病の一種四支に於て甚だ驚異すべき奇状の舞踏を発するの証を得ること有るに至ては是を名て舞踏病と云なり」

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

デジタル大辞泉 「舞踏病」の意味・読み・例文・類語

ぶとう‐びょう〔ブタフビヤウ〕【舞踏病】

顔・手足に不随意運動を生じ、踊りのような手ぶり身ぶりを示す病気。脳の異常で起こるハンチントン病、脳動脈の硬化で起こる老人性舞踏病、子供のリウマチ熱に伴って起こる小舞踏病などがある。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「舞踏病」の意味・わかりやすい解説

舞踏病 (ぶとうびょう)
chorea

自分の意志で抑制できない,急速かつ不規則で不調和な不随意運動が,体の一部または全部の筋肉に起こるもので,患者の歩行が舞踏のようにみえるのでこの名がある(英名choreaはギリシア語でコロスの舞踏を意味するchoreiaに由来する)。シデナム舞踏病,ハンティントン舞踏病が代表的であるが,そのほかにも症候として舞踏病様不随意運動を呈する疾患がいくつかあり,舞踏病という言葉は病名として用いられるばかりでなく,このように症候を示す場合にも使われることがある。

イギリスの医師T.シデナムにより1684年初めて記載されたもので,小舞踏病chorea minorともいわれる。溶連菌感染によるリウマチ熱に伴うものが多いが,抗生物質の普及とともに近年は非常にまれになってきている。ほとんどが5~15歳の小児期に発症し,女児に多い。多くは落着きがない,怒りやすいなどの情緒障害に続いて不随意運動が出現する。ご飯をこぼすなどの日常生活動作の異常,発音・発語障害,歩行障害などにより気づかれることが多い。不随意運動は全身のどこにでも出現するが,四肢近位部や体幹には比較的少ない。興奮時や外界からの刺激により増強し,睡眠で消失する。重篤な合併症がなければ,数ヵ月以内にほぼ完全に治癒する良性な疾患である。治療としては安静を保つことが基本である。クロルプロマジンバルビタールは不随意運動を減少させる。またリウマチ熱に対してはペニシリンを投与することもある。

1872年アメリカのハンティントンGeorge Huntington(1851-1916)により記載されたもので,慢性進行性舞踏病ともいわれる。常染色体性優性遺伝病であり,通常は30代後半以後に発症し,不随意運動と精神症状を主徴とする。不随意運動で発症するものが多いが,精神症状が先に出現することもある。不随意運動は四肢,体幹および顔面,口,舌などにみられ,言語も不明りょうとなる。歩行はあたかもダンスをしているかのように見える。このような不随意運動は緊張時に増強し,睡眠時には消失する。小児の場合などではときに著しい筋硬直を示すものがある。精神症状としては,人格変化,記憶障害,知能障害,集中力低下などがみられる。自殺もまれではない。末期には起立,歩行も障害され,知能も高度に障害されて,日常生活全般にわたって介助を必要とするようになる。病理学的には,脳全体の萎縮が認められ,とくに尾状核と被殻の著しい萎縮・変性とこれらの部分の小型神経細胞の消失,大脳皮質の神経細胞の消失が重要である。

 診断は上記の臨床症状および遺伝歴による。脳のCTスキャンや気脳撮影では,尾状核の萎縮による側脳室の特徴的な拡大が認められる。原因は不明である。最近,大脳基底核において,神経伝達物質であるγ-アミノ酪酸およびその合成酵素であるグルタミン酸脱炭酸酵素が著しく低下し,同じく神経伝達物質であるアセチルコリンの産生酵素であるコリン・アセチル転移酵素が減少していることが見いだされており,これらは本症の病態と密接に関与しているものと思われる。根本的な治療法はない。不随意運動に対してハロペリドール,クロルプロマジン,ペルフェナジンジアゼパムなどが用いられる。

以上のほかに,はしか,ジフテリアなどの伝染性疾患,妊娠,一酸化炭素中毒,全身性エリテマトーデス,赤血球増多症などに伴い,症候性の舞踏病様不随意運動をきたすものがある。大脳基底核の血管障害のために,中高年者に片側の舞踏病様運動が急に起こることがあるが,これは片側舞踏病hemichoreaといわれる。また60歳以上の高齢者において,舞踏病様運動で発症し,知能障害はなく遺伝関係もみられず,病理学的には尾状核と被殻の比較的軽い神経細胞の変性がみられるものがあり,老年性舞踏病といわれている。
執筆者:

ローマ時代,プルタルコスの伝えるところによれば,ミレトスに疫病のうわさが広まったとき,少女たちが突如として集団舞踏病に感染し,狂ったように踊りつづけ,恍惚状態のはて,そのうち何人かが集団自殺したという。とくに中世ヨーロッパに流行した舞踏病は,現代医学でいう舞踏病choreaとは別のもので,1027年ドイツのコルウィヒという村で原発したといわれ,患者はいきなり狂躁的な発作に襲われて踊り狂い,意識を失い,腹部がふくれあがり,やがて昏睡におちいり,ついには死に至り,生きながらえたものはパーキンソン症候群に似た震えを残したといわれる。1237年にはドイツのエルフルトで,1000人もの子どもたちがこれに襲われ,またペスト(黒死病)時代の1374年には同じドイツのアーヘンに起こり,オランダに伝染し,ケルンだけでも500人,メッツでは1000人が踊り狂ったという。こうした踊り狂う奇病は,〈聖ウィトゥス(ファイト)の踊り〉ともいわれ,ブリューゲルの作品でも知られる。

 15世紀には南イタリアで,タランチュラというクモに刺されて起こると信じられたタランティズモtarantismoと呼ばれる舞踏病が知られる。こうした流行性舞踏病は,18世紀に一時再燃したあと,歴史から消えた。これらがいずれも同じ病因,病理であったとは考えられないが,おそらく共通していえることは,政治的不安,経済的混乱,性的抑圧それに疫病流行などの時代環境が生んだ心因性の集団ヒステリーと考えられる。あるいは身体的症状からして,なにか脳炎に似た中枢神経系に起こる感染症が,こうした時代環境と相乗して発生した,とも推理され,そしてこれに最も感染しやすかったのが,社会的に抑圧されていた子どもと女たちであった。
死の舞踏
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

家庭医学館 「舞踏病」の解説

ぶとうびょう【舞踏病 Chorea】

[どんな病気か]
 文字どおり、踊りを踊るようなしぐさをする病気です。
 手、足、顔などが不規則に短く動きますが、意図的に動かしているようにみえることもあります。
 代表的な舞踏病はハンチントン舞踏病ですが、それ以外の舞踏病もあります。ハンチントン舞踏病以外は、まとめて舞踏病症候群といいます。
■ハンチントン舞踏病(ぶとうびょう)
 1872年にアメリカの医師、ハンチントンが最初に報告しました。遺伝性で、発症するのは30歳以降です。
 自分の意志に反して(動かそうと思わないのに)、手、足、顔面が動くほか、認知症の症状と幻覚・妄想(もうそう)がみられ、さらに怒りっぽくなったり、興奮したりといった精神症状、人格障害が現われます。
 これらの症状が現われるまでは、異常はみられず、ふつうの人と同じような生活を送ることができます。
 厚労省の特定疾患(とくていしっかん)(難病(なんびょう))に指定され、治療費は公費から補助されます。
■舞踏病症候群(ぶとうびょうしょうこうぐん)
 ハンチントン舞踏病以外の舞踏病もいろいろありますが、代表的なものは小舞踏病(しょうぶとうびょう)(シデナム舞踏病(ぶとうびょう))で、15歳以下の子どもにおこります。
 急に怒りっぽくなった後、手、足、体幹(たいかん)(胴体)などにくねったような動きが出現し、しかめっ面もみられます。
 レンサ球菌(きゅうきん)の感染後半年くらいで症状が出ることが多いので、感染がきっかけとなっていると考えられています。
 ふつう、数か月以内で症状が軽くなるか、消失します。
[治療]
 ハンチントン舞踏病も小舞踏病も、ベンゾジアゼピン系のトランキライザー(精神安定剤)で症状を抑えます。これで抑えられないときは、神経抑制薬のハロペリドールを少量使用することもあります。

出典 小学館家庭医学館について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「舞踏病」の意味・わかりやすい解説

舞踏病
ぶとうびょう
chorea

唐突におこり、速く、不規則に繰り返す不随意運動を主体とする錐体(すいたい)外路系の病気の一つで、不随意運動によって踊るような歩き方をするので舞踏病とよばれる。

 急性に発病し、治癒傾向のあるシデナム舞踏病(小(しょう)舞踏病)と、慢性進行性のハンチントン病が代表的である。シデナム舞踏病は主として小児期にみられ、女児に多く、心内膜炎を合併することもあり、溶血性連鎖球菌によるリウマチ熱と関連があると考えられている。自然治癒するものが多いなど、経過は概して良好であるが、妊娠時に再発することもある。ハンチントン病は多くは中年期以降に発病する遺伝性疾患で、慢性進行性に経過し、精神知能障害を伴う行動異常を呈し、随意運動ができなくなり、全身衰弱となる。

 舞踏病にはこのほか、妊婦におこる妊娠性舞踏病、有棘(ゆうきょく)赤血球増加症にみられる舞踏病、ウイルスなどによる脳炎・結核・梅毒など感染性疾患による舞踏病がある。

[海老原進一郎]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

百科事典マイペディア 「舞踏病」の意味・わかりやすい解説

舞踏病【ぶとうびょう】

錐体外路系症候群の一つ。特有の不随意運動を顔面,上肢,下肢などに生じ,患者の歩いている様子が舞踏しているように見える。リウマチ熱などに続発する小(シデナム)舞踏病は小児に多く,予後良好。治療は鎮静薬や副腎皮質ホルモン剤投与など。中年以後に発病するハンチントン舞踏病は優性遺伝するまれな疾患で,不随意運動のほか,抑鬱(よくうつ),興奮等の精神症状,知能低下などを呈し,予後不良。高齢になってからハンチントン舞踏病と似たような症状の現れる老人性舞踏病は,動脈硬化が原因とみられている。いずれも有効な治療法はない。
→関連項目シデナム錐体外路障害

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「舞踏病」の意味・わかりやすい解説

舞踏病
ぶとうびょう
chorea

錐体外路の障害によって現れる症候群。患者が舞踏をしているような歩行をすることから,この名がつけられた。舞踏病の特徴は,筋肉群が不規則,不随意,かつ無目的な運動をすることで,こうした運動は四肢と顔で最も顕著であるが,躯幹にも現れる。小舞踏病ハンチントン舞踏病その他,種々の病型がある。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の舞踏病の言及

【運動障害】より

…なかには正反対の病態を示すものもある。たとえば,線条体の病変では舞踏病のような不随意運動を生ずるが,これは運動の過多現象,すなわち過動症hyperkinesiaである。過動症にはこのほか,アテトーシスジストニーなどがあるが,いずれも意志の力では止めることのできない異常運動である。…

※「舞踏病」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

青天の霹靂

《陸游「九月四日鶏未鳴起作」から。晴れ渡った空に突然起こる雷の意》急に起きる変動・大事件。また、突然うけた衝撃。[補説]「晴天の霹靂」と書くのは誤り。[類語]突発的・発作的・反射的・突然・ひょっこり・...

青天の霹靂の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android