血栓性静脈炎(読み)けっせんせいじょうみゃくえん(英語表記)Thrombophlebitis

六訂版 家庭医学大全科 「血栓性静脈炎」の解説

血栓性静脈炎
けっせんせいじょうみゃくえん
Thrombophlebitis
(循環器の病気)

どんな病気か

 静脈に起こる炎症ですが、静脈炎には血栓を伴うことが多く、また逆に静脈血栓が静脈炎の原因になることも多いため、静脈炎と静脈血栓症(けっせんしょう)区別することは厳密には不可能です。ただし、従来より症状や重症度に差があるため、体の表面の静脈(表在静脈系)に起こった静脈炎を「血栓性静脈炎」、深部の静脈(深在静脈系)に起こった静脈炎を「深部静脈血栓症」として区別しています。

 すなわち、同じ静脈炎でも血栓性静脈炎は軽くてすむのに対して、深部の静脈炎は重症化しやすく、肺塞栓(はいそくせん)(いわゆるエコノミークラス症候群)の原因となる怖い病気です。

原因は何か

 血栓性静脈炎は、静脈内膜の医原性損傷(カテーテルの留置など医療行為によって起こる損傷)や静脈瘤炎(じょうみゃくりゅうえん)(静脈の拡張や静脈圧の上昇による内膜損傷)後に起こることが多く、また長期臥床(がしょう)手術、脱水などの合併症として現れることもあります。

 ベーチェット病バージャー病は血栓性静脈炎を来しやすく、膠原病(こうげんびょう)悪性腫瘍凝固線溶系(ぎょうこせんようけい)異常に合併することもあります。手足を中心に現れる再発性かつ移動性の静脈炎は、“遊走性(ゆうそうせい)静脈炎”と呼ばれ、腺がんに合併しやすいとされます。女性の胸にみられる“亜急性皮下静脈炎(あきゅうせいひかじょうみゃくえん)”は、別名“モンドール病”と呼ばれ、湿布だけで自然に改善します。

 深部静脈血栓症は、右心不全、全身衰弱、手術後などで起こる循環障害、または静脈中枢部を圧迫するような原因がある場合などに血栓ができやすくなり、発症します。時に、体内の凝固線溶系の異常、たとえば、抗血栓蛋白であるプロテインCやプロテインSなどの先天的欠乏、プラスミノーゲンの欠乏による線溶系の低下なども原因になります。

 最近は、膠原病の患者さんに多くみられる“抗(こう)リン脂質抗体(ししつこうたい)症候群”による血栓症が注目されています。

症状の現れ方

 血栓性静脈炎を起こした場所には、索状の発赤と浮腫や痛みを伴う硬結が生じます。また、時に発熱や悪寒(おかん)などの全身症状が現れることもあります。外傷やうっ血などの原因で起こることが多く、化膿性(かのうせい)血栓性静脈炎を繰り返す場合には、悪性腫瘍の合併に注意する必要があります。

 うっ血が原因で起こる深部静脈血栓症は、急激に現れる浮腫が特徴で、数時間で進行し、浮腫性の腫脹(しゅちょう)(はれ)も引き続き認められるようになります。

 うっ血が高度になると、チアノーゼ(皮膚や粘膜が紫色になる)が現れ、強い痛みを伴うことがあり、急いで治療する必要があります。急性期に適切な治療がなされないと、慢性期に浮腫、下肢の倦怠感(けんたいかん)静脈瘤などのいわゆる“静脈血栓後(じょうみゃくけつせんご)症候群”に悩まされることとなります。

検査と診断

 急性期の血栓性静脈炎は、下肢のはれ、色調、皮膚温、表在静脈の拡張など、視診や触診で診断が可能です。また、下肢の血栓の最も有効な検査法は超音波ドプラー法で、現在最も頻用されています。時に静脈造影を用いて、血栓の局在や圧の上昇を測定することもあります。

 慢性期になると、皮膚や皮下組織が厚くなるリンパ浮腫との区別は難しく、リンパ管造影や静脈造影が必要になる場合もあります。

治療の方法

 血栓性静脈炎の急性期は、局所安静と湿布、弾性包帯などを用いると、数週間で治ることがほとんどです。

 難治性のものには、抗血小板薬ワルファリンが必要になる場合もあります。感染や静脈瘤炎を合併している時には、血栓の除去や静脈の切除が必要になる場合もあります。炎症は深在静脈まで広がることがあり、肺塞栓の合併にも注意が必要です。

 深部静脈血栓症の急性期は、血栓の遊離による肺塞栓を予防するため、安静と下肢を高く上げておくことが必要です。また、血栓予防のためにヘパリン製剤の投与をただちに開始し、1週間くらいでワルファリンに切り替えます。

病気に気づいたらどうする

 血栓性静脈炎は安静で治ることがほとんどです。しかし、下肢の急激な浮腫や痛みが現れた場合には、肺塞栓の危険性が高い深部静脈血栓症を疑い、ただちに血管外科などの専門医または内科医の診察を受ける必要があります。

丸山 義明

血栓性静脈炎
けっせんせいじょうみゃくえん
Thrombophlebitis
(女性の病気と妊娠・出産)

どんな病気か

 血栓性静脈炎は、静脈のなかに血液のかたまり(血栓)ができ、血管を細くさせたり詰まらせたりすることで静脈とその周囲の皮膚が炎症を起こす病気で、産褥期(さんじょくき)に多いといわれています。元来、日本人は欧米人に比べ発症率は低かったのですが、最近では食生活などの日常生活の欧米化に伴い増加傾向にあります。重症の場合、肺塞栓症(はいそくせんしょう)などの合併症を併発し、死に至ることもありますので、予防が大切です。

原因は何か

①血液凝固能の亢進

 妊娠・産褥期にはほとんどの凝固因子が増加し、その活性も亢進しています。

②血流の停滞

 妊娠中・産褥早期は増大した子宮が下大静脈を圧迫し、下肢の静脈血流が停滞しやすい傾向にあります。また妊娠後期から産褥早期は安静臥床(あんせいがしょう)の機会が多く、さらに助長される傾向があります。

③血管内皮の障害

 産褥期には感染症を発症することが多く、これにより血管内皮が障害され血栓の形成が起こります。

④その他

 高齢、肥満、脱水なども原因になります。

症状の現れ方

 皮膚に近い表在性の静脈が原因の場合、皮膚が静脈に沿って赤くはれ、痛みを伴います。時に、血管に沿って索状の血栓を触れます。一方、筋肉のなかを通る深在性の静脈では関連部位であるふとももふくらはぎに痛みが生じ、皮膚が紫色に変色したり、むくみが生じたりしますが診断は困難です。妊娠・産褥期(出産後約6週間)に発症する静脈炎はその多くが表在性で、そのうち大部分は下腿、大腿に形成されます。

予防

分娩・産科手術後はできるだけ早く離床する。早期に歩行する。早期離床・早期歩行が難しい場合は専門のリハビリテーションを受ける。

下肢の挙上、マッサージを心掛ける。ただし、血栓症をすでに発症した妊産婦・褥婦のマッサージは血栓が飛ぶ可能性があるので危険です。

弾性靴下や弾性ストッキングを装着する。

脱水を避け、十分な水分補給をする。

分娩・産褥期の感染を防止する。

血栓性静脈炎や血栓症の既往、高度な肥満、多胎妊娠妊娠高血圧症候群などの産婦には予防的にヘパリンなどの抗凝固薬を投与する。

治療の方法

 多くの血栓性静脈炎は表在性で、理学的治療と消炎鎮痛薬の投与で管理できるものがほとんどです。しかし肺塞栓症(はいそくせんしょう)などの重篤な続発性疾患を発症する深在性の血栓性静脈炎ではヘパリンなどの抗凝固薬、ウロキナーゼなどの線維素溶解酵素(血栓溶解薬)などを用い、さらに必要ならば外科的血栓除去術を行うこともあります。

病気に気づいたらどうする

 血栓性静脈炎は近年増加傾向にあります。深部静脈に発症した場合、突然の肺梗塞など、母体の生命に関わる可能性があります。下肢の疼痛(とうつう)、違和感、皮膚変色などがみられた場合、早急にかかりつけ医に相談してください。血管外科医等による専門治療が必要になることがあります。

菊池 昭彦, 堀越 嗣博

血栓性静脈炎
けっせんせいじょうみゃくえん
Thrombophlebitis
(皮膚の病気)

どんな病気か

 静脈の内膜に炎症を生じ、血栓ができ、静脈閉塞を生じることで、通常は片側の下肢に腫脹(はれ)と疼痛を来します。

原因は何か

 長時間の手術や分娩などで体を動かさない人に生じますが、普段は健康な成人でも、長時間の飛行機や自動車旅行などで座った姿勢をとり続けると血栓形成の原因になります。血液が固まりやすい体質をもった人(血液凝固異常)にもみられます。

症状の現れ方

 下肢の皮膚表面に近い静脈に病気が起こった場合では、静脈に沿って発赤としこりができます。痛みを伴うことが多く、時には発熱を伴います。深部の静脈血栓では下腿の後面、あるいは重症例では下肢全体に、歩行時の鈍痛、圧迫感が認められます。

 健康な側に比べて著しくはれて硬くなっていることが多く、微熱、心拍数の増加などの全身的な炎症症状が現れてきます。疼痛、はれがひどくなると歩行も困難になります。血栓が肺にまで至り、肺梗塞(はいこうそく)を併発することもあります。

検査と診断

 血液検査でフィブリノゲン(血液凝固因子のひとつ)の増加がみられます。脈管用のカラー超音波検査で、痛みもなく的確に診断できます。また、この病気は大部分が片側にだけ現れることで区別できます。

治療の方法

 原則は下肢を持ち上げた体位での安静と、抗凝固薬、血栓溶解薬などによる薬物療法になります。詰まった静脈のなかに細いカテーテル(管状の器具)を通し、血栓溶解薬を点滴して血栓を溶かす治療は、早いほど効果があがります。放っておくと足が壊死(えし)してしまうので、血栓を除去する手術を行うこともあります。

病気に気づいたらどうする

 病院に行く時も、できるだけ歩いて行かないで、自動車の後部座席で下肢を伸ばして持ち上げた状態で行くのがよいでしょう。入院して治療を早期に受けることが重要です。

妹尾 明美

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「血栓性静脈炎」の意味・わかりやすい解説

血栓性静脈炎
けっせんせいじょうみゃくえん
thrombophlebitis

静脈血栓症ともいう。静脈内に血栓が形成され,炎症反応が血管壁にみられる状態をいう。真の原因は不明であるが,緩徐な血流,凝固時間の短縮などが,血栓形成を促進する因子になる。主として下肢の静脈に生じる。急性および慢性の感染症,手術後,分娩後,心不全,悪性腫瘍などの際に起りやすいが,まったくの健常者に起ることもある。急性血栓性静脈炎では,下肢は腫脹して痛みがあり,チアノーゼを呈する。慢性症では,症状は頻脈と微熱程度で,数日後に圧痛が起る。静脈内の血栓は剥離しやすく,肺の塞栓や梗塞は重大な合併症である。急性症の場合の治療は,大腿静脈と腸骨静脈から凝塊を外科的に摘出する。また,抗凝血薬の投与,下肢の圧迫包帯,早期歩行などによって,凝血の溶解,肺塞栓の予防をはかる。

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栄養・生化学辞典 「血栓性静脈炎」の解説

血栓性静脈炎

 →血栓静脈炎

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