農業経営(読み)のうぎょうけいえい

改訂新版 世界大百科事典 「農業経営」の意味・わかりやすい解説

農業経営 (のうぎょうけいえい)

農業生産を行う独立した意思決定単位およびその管理運営行動のことをいう。より厳密にいえば,前者は農業経営構造,後者は農業経営管理であり,ふつうに農業経営というときにはこの両者を含む。

農業経営構造には,原始的な自給自足的農業,小農的家族農業,資本主義的会社農場,社会主義的国営農場集団農場,あるいは零細兼業農場やレクリエーション農場といった違い,あるいは集約的な小規模水田農業と粗放な乾燥地農業,大規模土地利用型農業と施設型・加工型農業といった違い等々,歴史的にまた地理的にさまざまな形や性格差がみられる。個々の農業経営は,土地,労働力,資本財といった生産要素を保有し,それらを一定の技術で結合して生産を行っているが,これらの生産要素や技術は,それぞれの自然的,歴史的,社会経済的な諸条件によって性格規定されているから,時代によりまた地域によって生産のあり方に大きな違いがあるのは当然である。経営構造の内容や性格の違いをみるには,まず,生産力(技術)のあり方を中心として,生産の各部門(作目)とその結合のあり方(経営組織),規模や集約度といった点を問題とする農業経営形態の側面と,生産要素の所有関係を基礎として経営の目標や経営成果の配分関係,さらには経営の基本的行動原理を問題とする農業の企業形態の側面との両面からの接近が必要である。前者は経営の技術的問題として,生産力構造ないしは農法の問題に通じており,後者は経営の社会的形態の問題として,生産関係や所有関係と密接に関連している。そして第3に,この両側面を統合して経営活動の具体的な意思決定を行う経営者機能のあり方,とくに経営者能力,経営者意識,経営管理組織,経営管理手法といった点からの解明が必要である。農業経営構造はこれらの三つの側面の統合体としてとらえるべきである。

与えられた自然条件,社会経済条件,経営者の個人的事情などによって,生産物の作目(作物と家畜)と加工(たとえば餅加工,ハム・チーズなど)の種類(経営部門という)とその組合せのあり方(経営組織),そして各経営部門および経営全体の規模と集約化の程度(集約度)といった農業経営形態が決まるが,そこには地域により,時代により,多様な形態がみられる。これらをある程度類型化したものを経営類型ないし営農類型といい,また,歴史的,地域的に普遍的な形で定式化されたものを経営方式という。西欧農業の近代化過程にみられた三圃式,穀草式輪栽式といった農法の形は経営方式といってよい。経営類型分類は,まず,経営組織を区分し,次いでその規模別区分を行うのが一般的であるが,経営組織分類はドイツでは作付方式ないし土地利用方式を軸とし,アメリカでは主幹作目の種類を中心として行うのが一般である。日本ではかつては地目と作目の組合せなどで把握したが,現在ではアメリカと同様に主幹作目を中心にみるのが一般的となっている。1997年の農業構造動態調査では,主幹作目の販売額が80%以上のものを単一経営,60~80%を準単一複合経営,60%未満を複合経営(複合農業経営)としており,それぞれ78%,17%,5%の構成比となっている。単一経営のうちの71%が稲作単一経営である。経営規模は一般に,土地,労働,資本といった投入生産要素の量でみる場合と,生産量販売額,所得などの産出量でみる場合の二つがあるが,農業経営では前者をファーム・サイズfarm sizeといい,土地面積を中心として,後者をファーム・ビジネス・サイズfarm business sizeといい,農産物販売額を中心としてとらえるのが一般的である。土地面積規模と販売額規模との間には,土地の操業度(利用度)が媒介になるが,これが集約度といわれる土地利用度を表す概念で,農業経営では古くから重視されてきた。集約度はふつう土地面積当り投入費用額で表すが,そのうち労働費の比重および絶対量が大きいものを労働集約的経営といい,資本費用の大きいものを資本集約的経営という。

 農業経営形態は,自給生産的性格が強い場合は,規模も小さく,経営組織は多角的であるが,商品生産が進展し,技術の高度化,機械化,規模拡大が進むにつれ,特定部門に専門化していくのが一般的である。日本でもかつては零細規模,米麦中心の多角経営が基本であったが,高度経済成長に伴って急激に専門分化,規模拡大を遂げてきている。とくに施設型農業といわれる中小家畜,施設園芸などではそれが著しい。他方,耕種農業を中心とする土地利用型農業では,土地問題の制約から規模拡大はまだ少数の経営に限られているが,兼業化の進行で稲作を中心として単作化の傾向はみられる。欧米においても,高度機械化による規模拡大と農薬・肥料の発達によって,土地利用や経営組織は単純化の傾向がかなりみられる。

一般産業には大きく分けて家業(家族経営),企業(資本制企業),公企業があり,さらに社会主義国では国営ないし集団営企業があるが,農業では,資本主義国ではプランテーションや大規模畜産などに会社農場がみられ,また一部には協同組合経営や公企業経営もみられるものの,大部分は家族経営であり,家族経営が複数集まったという性格が強い共同経営も若干みられる。社会主義国ではかつて集団農場(コルホーズ人民公社)や国営農場があったが,現在ではその多くは解体され,家族経営中心の農業となっている。農業生産は一般に土地利用を基本とする生物生産であり,土地は他の生産要素と異なって自然の規定性(豊度や位置)が強く,その質的改変や量的拡大が容易でないため,〈収穫逓減の法則〉が働きやすいこと,また生物(有機的)生産は,機械的(無機的)生産に比して,生産の自然的・季節的・時間的制約が大きく,周到な管理労働を必要とするといったことのため,機械化による大規模生産の有利性を発揮するには困難が大きい。このような農業生産の技術的性格に,さらに農業のもつ歴史的・社会経済的諸事情による条件が加わって,多くの国で農業経営は家族経営が支配的である。

 ひとくちに家族農業経営といっても,歴史的,地理的に多様な性格のものがみられる。たとえば発展段階的にとらえた類型として,次の四つがあげられる。(1)自給経済的家族経営 商品経済が未発達な段階で家族の生活充足が経営の目標,(2)小商品生産的家族経営 商品経済がある程度発達した段階で,商品生産部門と自給部門が併存しているが,自給生産が基調で,家族労働の完全燃焼と自給のための多角的経営組織が行われる。労働所得の追求が目標,(3)商業的家族経営 商品経済が発展し基本的に商品生産の原理で経営が行われるが,家計と経営は一体的である,(4)企業的家族経営 家計と経営が分離され,家族労働も費用として把握され,家族経営ではあるが資本制企業経営の原理とあまり変わらない行動をとる。(1)は未開社会に現存し,(2)と(3)が現在の各国に広くみられる形であり,小農的家族経営ともいわれる。(4)はアメリカにかなりみられ,日本でも最近一部にみられはじめている。また,近年,各国で兼業化が広く深く進行するなかで,小規模(自給的)兼業経営が増えている。これは貨幣経済的合理性はもっているが,規模は零細で農業従事者も1人(ワンマン・ファームone-man farm)程度という状態で家族協業は崩壊しており,家族経営というよりは土地保有勤労者家族といった性格が強いものである。家族農業経営はかつては生産において自己完結的性格が強かったが,近年,機械・施設の共同利用をはじめとして種々の生産組織が形成され,経営機能の一部を補完している。とくに集落などの地縁的集団において,土地・水利用の調整,機械・労働力の組織的利用,作付け・栽培や技術の協定や統一などを行い,地域全体として生産力を高めることが重要となっており,地域農業の組織化,地域農業資源の有効管理がこれからの課題となっている。

従来の小農的家族経営においては経営者機能の分化や統合はあまりみられず,経営管理手法も展開しなかったが,近年の企業的家族経営から,さらには会社経営の発展,他方では生産組織や地域農業組織の展開に伴って,経営者機能の役割が重要となり,技術管理,労務管理,財務管理などにおいて,農業経営独自の管理手法も発展している。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「農業経営」の意味・わかりやすい解説

農業経営
のうぎょうけいえい

統一した意思(経営主体・経営者)が、一定の目的をもって土地、労働力、資本などの要素を結合し、農産物の生産・処分を行う継続的な組織体を農業経営という。もちろんそれは、自然条件をはじめ、経済的、社会的な環境条件によって大きな制約を受けるし、販売市場を通しての国内ないし国際的な需給事情による影響がいっそう強まりつつある。

 そしてこの経営は、資本を経営体とし、それに対する報酬としての利潤を追求する企業経営と、家族労働力を中心に土地、資本を経営体として、それらに対する報酬としての所得を追求する家族経営とに大別できる。もっとも農業経営の場合は、世界の大半の国において後者が支配的な形態であり、わが国の小規模経営においてはもちろん、アメリカの大規模経営においてすらそうである。ことにわが国では、農業所得だけで他産業従事者所得と均衡するいわゆる自立経営農家は1割に満たず、大多数が農外所得を得て生活をまかなう兼業農家であることが特徴的である。

 しかし農業経営は、すべてが個人経営として営まれるとは限らず、それらの共同によって組織・運営される共同経営もあるし、生産行程の部分を数戸の、あるいは集落ぐるみの農業生産組織が担当している場合もある。ことに土地の所有関係が複雑で、個別での規模拡大が困難なわが国では、その実現手段として生産組織が重視されつつある。これらの農業経営や生産組織の経営体質の改善・強化をねらった家族経営協定、法人化の推進が1990年代に入って顕著な動きになっている。

 農業経営はまた、その生産対象によりさまざまなタイプに分類することができる。大別して耕種(作物)、畜産、農産加工などの部門に分けられるが、それぞれをさらに細かな作目に分類することができる。たとえば穀作、果樹作、野菜作、さらに細かく稲作、リンゴ作、酪農、養豚等々である。そしてこれら二つ以上の作目をおもな所得源とする経営を複合(多角)経営とよび、一つの作目に専門化した経営を単一(単作)経営とよんでいる。複合と単一にはそれぞれの長短があり、わが国の高度経済成長下では単一化が急速に進んだが、農産物需要の伸びが停滞に転じた1980年代以降、その行きすぎが反省されて、複合経営ないし地域的な複合化が見直されつつある。さらに最近では、個々の農業経営が生産部門に加工部門を加え、かつ、直売活動を取り込むなど、農業経営の垂直的な方向での複合化(多角化)が目につくようになってきている。

 耕地規模が相対的に小さいわが国の個別経営で農業所得を高めようとすれば、必然的に単位面積当りの労働や資本の投下量が多くなり、このような労働集約的あるいは資本集約的な経営が、わが国農業の特色とみられてきた。しかし最近は、労働や資本の効率も重視され、とくに省力化が経営合理化の目玉とさえなったが、経営自立化に向けての主要な方策としては、畜産や施設園芸などの集約的経営の育成にかなりの期待がかけられている。そして経営規模が零細で生産性が低く、国際的競争に立ち遅れている稲、麦、大豆作などの土地利用型経営においては、生産力・国際的競争力の向上を目ざして、借地や集団化による規模拡大の実現が図られている。

 以上に述べたように、農業経営は、私経済として組織・運営されているが、その活動を通してきわめて重要な社会的役割も担っている。国民に安心で安全な良質の食料を効率的、安定的に供給するという社会的役割だけでなく、農業・農村の有形・無形の資源や環境を保全して多面的機能を維持・発揮するという役割が、最近になるほど評価され、重要になってきている。このような観点から、わが国農業・農村の担い手としての農業経営が維持・発展していくことが不可欠であり、国や地方自治体によって手厚い保護を受ける場合も多い。

[菊地泰次]

『『大槻正男著作集1 農業経営論Ⅰ』(1977・農林統計協会)』『金沢夏樹著『農業経営学講義』(1982・養賢堂)』『磯辺秀俊著『農業経営学』(1984・養賢堂)』『頼平・阿部亮耳編著『農業経営の革新』(1986・富民協会)』『頼平著『農業経営学』(『現代農業経済学全集 第14巻』・1991・明文書房)』『西村博行著『農業経営』(1997・放送大学教育振興会)』

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世界大百科事典(旧版)内の農業経営の言及

【親子契約】より

…農家における経営移譲と親族間扶養に関する父子契約ないし家族協定。日本の農村では,高度成長中期にあたる1960年代の中ごろから,市町村・府県段階の卓抜したリーダーがいて,しかも多くの農家がその指導に呼応する特定の地域で,農家世帯の中に,世代交代を円滑に行い,家族農業経営に新しい活力を付与しようとする動きがみられる。それは,とくに父(現在の事業主・経営主)と子(後継者)をおもな当事者として,子やその妻などに対する労働報酬の支払,特定の部門の分担,農業資産(農地)の承継および老親扶助,後継者以外の子(他出予定者)への財産分配のような事項の一つないし全部について,合意・契約を結ぶことを内容とする。…

【百姓】より

…近世初期,17世紀前半期においては,高請地を所持し,年貢と夫役とを負担する役負百姓が厳密な意味での百姓であり,これを初期本百姓ともいう。初期本百姓は,検地帳に田畑とともに屋敷を登録され,家族形態は複合大家族(直系親族,半隷属的傍系親族,隷属的非血縁下人などから成る)の形態をとり,大規模農業経営(数町~十数町)を営んでいた。彼らは村落内部の生産,生活,祭祀などの全般にわたって弱小農民に対して優位を保持し,用水,農用林野(肥料,燃料,用材の供給地)を支配し,宮座(みやざ)に列するなどした。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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