運動麻痺(読み)ウンドウマヒ(英語表記)motor paralysis
motor palsy

デジタル大辞泉 「運動麻痺」の意味・読み・例文・類語

うんどう‐まひ【運動麻×痺】

神経や筋の機能が損なわれて、意志的に筋肉を動かせなくなった状態。

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精選版 日本国語大辞典 「運動麻痺」の意味・読み・例文・類語

うんどう‐まひ【運動麻痺】

〘名〙 医学で、筋肉の意識的収縮機能が不能になった状態。
※エオンタ(1968)〈金井美恵子〉一〇「右上肢の運動麻痺と関係して」

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改訂新版 世界大百科事典 「運動麻痺」の意味・わかりやすい解説

運動麻痺 (うんどうまひ)
motor paralysis
motor palsy

自らの意志によって収縮させることのできる横紋筋は一般に骨格筋と呼ばれるが,この骨格筋を随意的に収縮させることができなくなった状態が運動麻痺である。すべての骨格筋の収縮は脳幹の脳神経運動核および脊髄前角にある下位運動ニューロンの興奮によって営まれ,これらの下位運動ニューロンには,大脳皮質運動野にあるベッツ巨大錐体細胞すなわち上位運動ニューロンからの支配が及んでいる。つまり,われわれの随意的運動は,この大脳皮質運動野にある上位運動ニューロン,その支配を受ける脳幹と脊髄の下位運動ニューロン,そしてその指令により最終的な収縮を営む骨格筋という3段階の構造が協調して作用することによって初めて実現されるのである。したがって,これらの三つのレベルのいずれかに障害があれば随意運動を行うことができなくなり,運動麻痺が生ずる。この運動麻痺がどのレベルの障害でおこるかによって運動麻痺の様相はさまざまに変化するため,運動麻痺の特徴を正しく把握することにより,逆に障害の部位を推測することが可能となる。

 運動麻痺はまず痙性(けいせい)麻痺spastic paralysisと弛緩性麻痺flaccid paralysisに分けられる。痙性麻痺は,麻痺に陥った骨格筋の緊張が高まり,つっぱった状態になるもので,深部腱反射の亢進を伴い,上位運動ニューロンの障害によって生ずる。これに対して,下位運動ニューロンや骨格筋そのものに障害のあるときは,麻痺した骨格筋の緊張が低下してゆるんだ状態になり深部腱反射も消失して弛緩性麻痺となる。上位運動ニューロンの障害による場合も,障害が急激に生じた場合には,初めは弛緩性麻痺の形をとり,時間的な経過とともに痙性麻痺に移行していくことが多い。

 運動麻痺はまた麻痺に陥った部分の分布上の特徴からも分類されるが,これには大きく分けて,頭部顔面の随意運動が侵される脳神経麻痺と,体幹体肢の麻痺とがある。

12対ある脳神経のうち,随意運動を営むのは動眼神経,滑車神経,三叉神経,外転神経,顔面神経,迷走神経,副神経,舌下神経の8対である。これらの脳神経に属する下位運動ニューロンや,それによって支配されている骨格筋に損傷を生ずると,眼球が動かなくなって斜視や複視を生じたり,まぶたが垂れ下がったりするような外眼筋麻痺,咀嚼(そしやく)筋の麻痺,顔面筋麻痺,発声,発語,嚥下運動の麻痺,胸鎖乳突筋や僧帽筋の麻痺などを生ずる。これらの脳神経領域の随意運動も大脳皮質の上位運動ニューロンによって支配されているため,これが損傷を受けるとやはり脳神経領域の運動麻痺が生ずるが,そのような場合は核上性脳神経麻痺と呼ばれている。また三叉,顔面,迷走,舌下神経などの下部脳神経が広範囲にわたって侵され,発声,発語,嚥下,咀嚼,表情の麻痺をおこした状態は球麻痺bulbar palsyと呼ばれるが,これと同様の症状が上位運動ニューロンの損傷で生じたものは仮性球麻痺といわれる。

体幹・体肢の麻痺は,侵される筋肉の分布により,さらにいくつかに分類される。

 単麻痺monoplegiaは一つの体肢,またはその一部の筋肉のみが運動麻痺に陥ったものであり,大脳皮質運動野の病変によるものと,末梢神経または神経根の損傷によるものが多い。大脳皮質病変によって生ずる単麻痺は,病変部位に対応して病変と反対側の上肢のみ,または下肢のみを侵し,痙性麻痺の形をとるのが普通である。末梢神経損傷による単麻痺は,外傷や炎症,圧迫によって生ずることが多く,損傷を受けた神経により支配される筋肉にのみ弛緩性の運動麻痺を生ずるため,それぞれ特徴的な麻痺の様相を呈する。橈骨(とうこつ)神経麻痺では,手首や手指をまっすぐに伸ばすことができなくなり,垂れ手drop handを生じ,正中神経麻痺では,母指を他の指に対立させることができなくなり,母指球が平たん化して猿手ape handの形となる。また尺骨神経麻痺では,薬指と小指の先をまっすぐに伸ばすことができなくなる。下肢においてよくみられるのは総腓骨神経麻痺であり,足首や足指を上に挙げることができなくなるため,足首以下が下に垂れた下垂足drop footを生ずる。大腿神経麻痺においては,ひざを伸ばす力が失われ,階段を上れなくなり,坐骨神経麻痺においては,下腿以下の随意運動がすべて麻痺する。単麻痺は,また神経叢や神経根の損傷によっても生じ,おのおのの部位に応じた特有の運動麻痺を呈する。脊髄前角を侵すポリオ小児麻痺)も原則としては単麻痺を生ずることが多く,侵された脊髄部分に対応する領域の筋肉に強い運動麻痺と筋萎縮がみられるようになる。

 対麻痺paraplegiaは,下半身の両側性の運動麻痺であり,脊髄,とくに胸髄・腰髄の損傷によるものが多いが,下肢の筋肉,末梢神経,神経根,または脳の病変によっても生ずることがある。脊髄損傷による対麻痺は,外傷や,脊髄軟化,腫瘍脊椎骨の破壊,椎間板ヘルニアなどによって生じ,急激に発症した場合には当初弛緩性であるが,しだいに痙性対麻痺の形をとるようになる。脊髄性対麻痺の場合には,麻痺部の感覚が失われたり,または排尿や排便を随意的にコントロールすることができなくなったりすることも多い。脳病変による対麻痺は,大脳半球の内側面の腫瘍や梗塞で生ずることが多いが,脳幹梗塞で生ずることもある。神経根,神経叢,末梢神経,筋肉の病変による対麻痺は弛緩性である。いずれの場合にせよ,対麻痺では,上肢は健全なので,車椅子の使用により日常生活を営むことがかなりの程度まで可能である。しかし,脊髄損傷が頸髄に生じたり,末梢神経や筋肉の病気が下肢だけでなく上肢にも生ずるようなことがあれば,上肢も下肢も運動麻痺を生じ,四肢麻痺となってしまう。

 四肢麻痺は左右の上下肢がすべて運動麻痺に陥った状態であり,頸髄損傷によるものでは,下肢の痙性対麻痺に上肢の弛緩性麻痺が加わって生ずるものである。しかし頸髄でも第4頸椎より上で損傷が生じたり,延髄や下部脳幹の病変で生じたりする場合の四肢麻痺は,上下肢ともに痙性麻痺となる。このような痙性四肢麻痺はまた大脳の広範な病変によっても生ずるが,そのような場合には,単に運動麻痺のみでなく,知能や意識の障害,視覚・聴覚の障害,痙攣(けいれん)発作などを伴うのがふつうである。多発性筋炎進行性筋ジストロフィー症のような全身を侵す筋肉疾患をはじめ,ギラン=バレー症候群のような多発性根神経炎,運動ニューロン疾患などでは,弛緩性の四肢麻痺を呈することが多い。これらの疾患,とくに後2者においては,顔面筋やその他の脳神経系の運動麻痺をきたすことも少なくない。

 片麻痺hemiplegiaは,脳卒中およびその後遺症,硬膜外または硬膜下の血腫,脳腫瘍など,脳の病変によって生ずることが多いが,このような場合には病変と反対側の上下肢に痙性麻痺が出現し,上肢ではひじと手首,手指を屈曲し,下肢ではひざと足首を伸ばした特徴的な姿勢をとるようになる。片麻痺はまた,上部頸髄の病変,とくに頭蓋や脊椎骨の奇形,変形性脊椎症,脊髄腫瘍などでも生ずることがある。ヒステリー反応の症状としての心因性運動麻痺もそうまれでなくみられる。心因性運動麻痺は,上述のあらゆるタイプの運動麻痺に一見類似した様相を呈するが,詳細な神経学的診察を行うと,実在の病変によって生じている真の運動麻痺とは区別することができる。
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世界大百科事典(旧版)内の運動麻痺の言及

【運動障害】より

…手足や体幹,顔,眼球,のど,首などの随意的な運動がうまく行えなくなった状態をいう。
[末梢性運動麻痺]
 随意的な運動を営む最終的な効果器官は随意筋,すなわち骨格筋であるが,その収縮は脊髄や脳幹にある運動ニューロンとそれから出る軸索によって支配されている。そこで,この運動ニューロンとそれによって作動する骨格筋からなる単位を最終共通経路final common path wayという。…

※「運動麻痺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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