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陳元贇【ちん げんぴん】
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美術人名辞典の解説- 江戸時代初期、明末の帰化人。浙江省虎林(武林とも)生。名は珦、字は義都・士昇(士升)、別号に既白山人・升庵・芝山・菊秀軒等。元和5年鳳翔に従って来日。長門国の萩や江戸に滞在したのち、尾張藩主徳川義直に六十石で客事。書・医薬・菓子に知識をもち、中国の製陶法を伝えて元贇焼を残し、また拳法起倒流を興した。詩を能くし、僧元政との応酬は『元々唱和集』に収める。林羅山・石川丈山らとの交わりも深い。門人に穂積璉。著に『老子経通考』等。寛文11年(1671)歿、85才。
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朝日日本歴史人物事典の解説-
生年:
万暦15 (1587)
没年: 寛文11.6.9 (1671.7.15)
中国・明から帰化した江戸前期の文人。字は義都,既白山人,升庵,芝山,菊秀軒と号した。生年については異説もある。明の兵乱を避けて来日か。長門(山口県)の萩,江戸に住したのち,尾張(名古屋)藩主徳川義直に招かれ60石の禄を与えられて城下に住し,九十軒町で没した。書・文学・医学・薬学など豊かな知識を持ち,特に陶芸では尾張藩の窯,御深井焼の絵付けを指導し,のちに元贇焼といわれた安南(ベトナム)風の染付を残した。承応1(1652)年竣工の定光寺義直廟の設計も指導した。
(矢部良明)
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説-
陳元贇 ちん-げんぴん
 
1587-1671 明(みん)(中国)の陶工,柔術家。
万暦15年生まれ。元和(げんな)5年(1619)渡来し,長崎,京都,江戸などに滞在した。寛永の末に名古屋藩主徳川義直にまねかれ,中国文化を紹介するとともに,安南風の元贇焼を製作した。また中国拳法をつたえた。寛文11年6月9日死去。85歳。字(あざな)は義都。別号に既白山人,菊秀軒,芝山,升庵など。
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。収録人物のデータは2009年1月20日現在のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。
デジタル大辞泉の解説-
ちん‐げんぴん 【陳元贇】
[1587~1671]中国、明の文人・陶工。字(あざな)は義都。号、既白山人。元和5年(1619)明末の兵乱を避けて来日して帰化。晩年は尾張徳川家に招かれ、名古屋に居住。中国拳法を教えたと伝える。→元贇焼(やき)
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監修:松村明
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大辞林 第三版の解説-
ちんげんぴん【陳元贇】
(1587~1671) 中国,明からの渡来人。号は既白(きはく)山人。1621年来日。江戸で中国拳法(けんぽう)を教えたという。また,元贇焼きといわれる陶器も製した。
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