[1]
[一] (接続助詞「ば」に間投助詞「や」の付いたもの) 活用語の已然形を受ける。「ば」は確定条件を示し、「や」は
詠嘆を表わす。→語誌(1)。
※
古事記(712)中・
歌謡「すくすくと 我がいませ婆夜
(バヤ) 木幡の道に 逢はしし嬢子」
[二] (接続助詞「ば」に係助詞「や」の付いたもの)
① 活用語の未然形を受ける。「ば」は仮定条件を示し、「や」は疑問を表わす。→語誌(2)。
※古今(905‐914)秋下・二七七「心あてに折らばや折らむ初霜の置きまどはせる白菊の花〈
凡河内躬恒〉」
② 活用語の已然形を受ける。「ば」は確定条件を示し、「や」は疑問を表わす。→語誌(3)。
※古今(905‐914)恋二・五五二「思ひつつぬればや人のみえつらむ夢と知りせばさめざらましを〈
小野小町〉」
※
源氏(1001‐14頃)
椎本「さかしう聖だつ迦葉もさればや起ちて舞ひはべりけむ」
③
文末に来、活用語の未然形を受けて反語的否定を表わす。→語誌(4)。
※
菟玖波集(1356)雑体「何とてか蓼湯のかたへなかるらん うめ水とてもすくもあらばや〈よみ人しらず〉」
※史記抄(1477)一五「漢の常の法ては曲があらばやじゃほどに」
[2] 〘終助〙 (接続助詞「ば」に助詞「や」の付いてできたもの。→語誌(5)) 活用語の未然形を受ける。
① 自己の動作の実現に対する願望を表わす。→語誌(6)。
※
常陸風土記(717‐724頃)茨城・歌謡「
高浜の下風さやく妹を恋ひ妻と言は波夜
(バヤ)しことめしつも」
※古今(905‐914)夏・一三八「五月こばなきもふりなむ郭公まだしき程の声を聞かばや〈伊勢〉」
※俳諧・住吉物語(1695か)「昼寝してみせばや菴の若葉風〈丈草〉」
※
吾輩は猫である(1905‐06)〈
夏目漱石〉三「吾輩の尊敬する尻尾大明神を礼拝してニャン運長久を祈らばやと」
② ラ変動詞について、ある状態の実現を希望する。あつらえの助詞「なむ」に近い。→語誌(7)。
※源氏(1001‐14頃)早蕨「かう思ひ知りけりと見え奉る節もあらばやとはおぼせど」
[語誌](1)(一)(一)の用法は他に例が見られない。
(2)「万葉‐二八二九」の「衣しも多くあらなむとりかへて著(きれ)者也(ばヤ)君が面忘れたる」の例を「きなばや」と訓む説に従えば、用例の少ない(一)(二)①の古例となるが、活用語尾が表記されていないため、未然形・已然形両説定め難い。
(3)(一)(二)②の用法は上代になく、中古に現われるが用例は多くない。
(4)(一)(二)③の用法について、飯尾宗祇は「分葉」の中で「思ひあれば袖にほたるを包みてもいはばや物をとふ人はなし〈寂蓮〉」〔新古今‐恋一〕の、「いはばや」に「是はいはぬ心也」と注している。願望の終助詞であるこの例を宗祇が否定の意にとり誤ったということは、当時この用法が広く行なわれていたためであろう。
(5)(二)の語源については、「や」を疑問の係助詞とする説と、詠嘆の間投助詞とする説とがある。(一)(二)①の用法の「ばや」の下句が略されたものとみれば前説となるが「佐伯山うの花もちしかなしきが手をし取りて者(ば)花は散るとも」〔万葉‐一二五九〕、「白玉を包みて遣ら婆(バ)あやめ草花橘にあへも貫くがね」〔万葉‐四一〇二〕の歌や「本意をもとげばと契りきこえしこと」〔源氏‐椎本〕などのように「ば」で言い放って願望の意を表わすところから生じたものとすれば後説となる。
(6)(二)①の挙例「常陸風土記」は、本文および意味の上から問題があるとされ、従って一般にこの語は中古に現われたものとされる。近世以後はほとんど用いられなくなる。
(7)(二)の終助詞は、①の用法が本来的なものであり、古く②のような場合には「なむ」を用い、互いに区別されていたので、用例は少ない。