アイヌ文学(読み)アイヌぶんがく

百科事典マイペディア 「アイヌ文学」の意味・わかりやすい解説

アイヌ文学【アイヌぶんがく】

アイヌの伝統文化は口頭文芸の豊かな世界を育んできた。そのうち物語性を持つものには,語りの形態からみて,英雄叙事詩,神謡,散文説話の三つのジャンルがある。地域によって,英雄叙事詩はユカラ,サコロペ,ハウキなど,神謡はカムイユカラ,オイナなど,散文説話はウエペケレ,トゥイタクなどと呼ばれる。なお〈ユーカラ(ユカラ)〉は北海道南部での英雄叙事詩の呼び名であり,この語で神謡や散文説話をあわせて指すべきではない。英雄叙事詩は,短く繰り返されるメロディに乗せて,リズミカルな拍子掛け声を伴い,数十分から数時間にわたって演じられる。物語の内容はさまざまだが,超人的な英雄が仇敵と戦った自分の身の上を物語るというものが一般的である。このジャンルは比較的空想性が強く,過去の事実との直接的な結びつきは薄いとみるべきである。神謡も短い繰り返しのメロディに乗せられるが,個々の物語に固有のリフレインがひんぱんに挿入される点を特徴とする。所要時間は数分から十数分程度。物語の内容はやはりさまざまで,動物や自然現象などの神が,神々の世界や人間世界で体験した自分の身の上を物語る,というかたちをとる。これらに対し,散文説話はメロディを伴わない散文口調で,十数分ないし数時間かけて語られる。内容のバラエティは幅広いが,一般には,アイヌの伝統的な日常世界のなかに生きる人間が主人公となり,人間世界での数奇な身の上や神との交渉を物語るものだといえる。近代以降アイヌ民族とその文化の位置する状況は激変した。しかしそのなかでも,伝統的な口頭文芸にとどまらず,新たな言葉形式をもとりいれながら,アイヌ文学の創造受容は行われ続けている。→アイヌ語
→関連項目金成マツ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アイヌ文学」の意味・わかりやすい解説

アイヌ文学
アイヌぶんがく

明治にいたるまで文字をもたなかったアイヌが,謡い,語りつつ伝承してきた,アイヌ民族固有の,アイヌ語の口承文芸。他民族の文学と孤絶した,純粋の「文字のない文学」。明治 30年代になって始った金田一京助らによる採録,研究で初めて世界に紹介され,注目された。日常語でうたう即興的な抒情詩雅語で朗唱する叙事詩,独特のリズムで語る日常語の散文 (説話) などがある。いずれも,大自然への畏敬と親しみに満ち,簡古な表現と豊かな宗教性は,文学発生の原初を思わせる。叙事詩のうち「詞曲」 (広義のユーカラ) は特に重要な伝承で,そのなかには,自然神がみずからの出自を述べる「神謡」 (カムイユーカラ) ,アイヌの始祖が天地創造,祭祀の由来などを述べる「聖伝」 (オイナ) ,英雄ポイヤウンペを主人公とするさまざまな大長編叙事詩「英雄詞曲」 (狭義のユーカラ) ,女性英雄談「婦女詞曲」 (メノコユーカラ) などがある。なかでも「英雄詞曲」はアイヌ文学を代表するもので,長いものは2万行にも及び,伝承者 (ユーカラ・クル) により昼夜を通して吟唱される。現在では口承文芸としてのアイヌ文学はアイヌ語の衰滅とともに滅びゆく運命にある。

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