アーツアンドクラフツムーブメント(英語表記)Arts and Crafts Movement

改訂新版 世界大百科事典 の解説

アーツ・アンド・クラフツ・ムーブメント
Arts and Crafts Movement

19世紀後半のイギリスにおこった美術工芸運動。その萌芽はすでに1830年代に見られるが,運動としてとらえられるようになるのは80年代に入ってからである。産業革命後のイギリスでは,機械生産の増進に伴うデザイン教育の必要から,各種の学校や組織の創立が続いた。しかし,新時代の様式を確立するにはいたらず,むしろ混乱が目だつ状態であった。たとえば1851年のロンドン万国博覧会では,出品された大量生産による製品の多くが本来の機能と目的を見失い,しかも芸術性を喪失していることを示した。このような状況下で,ピュージンによって提唱されたゴシック・リバイバルが支持され,カーライルラスキンによる機械文明に対する批判が開始されていた。これらに大きな影響を受けて誕生したのがラファエル前派である。そして彼らの掲げた理念の中から中世的な理想主義を抽出し,それを手工芸品を通して19世紀後半の社会に再現しようとしたのがこの運動である。彼らは職人の手仕事による生産体制こそが,神と人間と物との幸せな関係をもたらすと信じた。そのために材料を厳選し,機能的で独創的な用と美を併せもつものを制作し,万人がその喜びを享受できることを目ざした。このような理想主義は,社会主義の原理を包括することによってはじめて実現可能となるのであるから,芸術活動は必然的にきわめて社会主義的性格をもつこととなった。情熱的なW.モリスの活動によってこの運動は形をなし,61年,モリスマーシャル・フォークナー商会の設立(1875年,モリスの個人経営によるモリス商会として再発足)となって一段と社会性をもつにいたる。彼は大量生産に抗し,生活空間の美化をはかるためにはあらゆる部門の連携が必要であると考え,多くのデザイナーと提携した。ラスキンによるセント・ジョージズギルド(1871),A.マクマードによるセンチュリー・ギルド(1882)など,同様の理念に基づく組織が次々と形成され,84年には,R.N.ショー弟子によってアート・ワーカーズ・ギルドが設立された。さらにこれが母体となり,工芸も絵画彫刻と同等に展示の機会をもつべきであるという主張が結実して,88年,アーツ・アンド・クラフツ展示協会が成立する。協会にはモリス,マクマード,ショー,W.クレーン,ボイジーC.F.A.Voysey,W.ド・モーガンC.R.アシュビーなど,この時代の主要な芸術家,建築家,工芸家の多くが加わり,運動は最高潮に達した。工芸品のあり方を問題とし,その装飾性を第一義とした点で,当時のいわゆる芸術至上主義運動との関係も指摘できる。しかし手仕事に頼った生産がコスト高騰をもたらし,製品が一般大衆の実用に供されることは困難であった。協会の展示は第1次世界大戦勃発まで続き,ヨーロッパ各地での工芸作家の活動を促した。この運動はアール・ヌーボー,さらにはマッキントッシュからグロピウスのバウハウスにいたる近代デザインを誕生させるうえで大きな刺激となった。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のアーツアンドクラフツムーブメントの言及

【イギリス美術】より

…むしろイギリスではフランス・ロココに代表される感覚主義的な華美な装飾性に対する反感もあり,比較的小規模でしかも実用主義的な分野,たとえば住宅建築や工芸デザインの分野で,繊細で堅実な作品が生み出された。19世紀末のアーツ・アンド・クラフツ・ムーブメントはその意味で,イギリスに典型的な運動であったといえよう。
【建築】

[古代,中世]
 本来の建築とは見なされないが,先史時代の建築的な遺物としては,ソールズベリー平野のストーンヘンジがある。…

【近代建築】より

…これに並行して新しい産業社会の矛盾を批判する都市論,デザイン論も19世紀になると現れてくる。ラスキンやW.モリスの芸術論(アーツ・アンド・クラフツ・ムーブメント)がその例であり,R.オーエンやフーリエのユートピア思想も近代建築の理念に影響を及ぼしている。また,19世紀建築に対してはゴシック様式が強い影響力をもっており(ゴシック・リバイバル),産業革命後の社会に対する批判や,あるべき建築の姿の探究にもゴシックの造形原理,中世の都市やデザイン工房組織を理想に据える態度が見られる。…

【デザイン】より

… このような生産技術を中心とした流れのほかに,もう一つの水脈があった。それは19世紀後半イギリスのW.モリスとアーツ・アンド・クラフツ・ムーブメントである。モリスらは機械製品の粗悪な質に対して,かつて手仕事による工芸品がもっていた質の回復を図ろうとする。…

【リバティ商会】より

…1875年アーサー・L.リバティ(1843‐1917)がロンドンのリージェント・ストリートに創立。日本,中国,インドの陶器や絹など東洋の物産を扱うことから始め,しだいにアーツ・アンド・クラフツ・ムーブメントの中から生まれた工芸作家と提携して,染織,家具その他のオリジナル商品を販売するようになる。それらが当時の東洋趣味や唯美主義的風潮の下にもてはやされ,リバティ風はアール・ヌーボーと同義とみなされ,イタリアで〈スティーレ・リバティStile Liberty〉の呼称を生んだ。…

※「アーツアンドクラフツムーブメント」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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