インド・イラン語派(読み)いんどいらんごは

日本大百科全書(ニッポニカ) 「インド・イラン語派」の意味・わかりやすい解説

インド・イラン語派
いんどいらんごは

インド・ヨーロッパ語族のなかの一語派で、アーリア諸語イラン諸語、ヌーリスターン諸語Nūristānī(カーフィル諸語Kāfirī)の3語群からなっている。イラン諸語のうち古代イラン語としてあげられるものに、ゾロアスター教の聖典アベスタに用いられたアベスタ語と、アケメネス王朝の楔形(くさびがた)文字の碑文に用いられた古代ペルシア語Old Persianなどがある。アベスタ聖典の詩頌(ししょう)(ガーター)の部分は、創唱者ツァラトゥストラ(ゾロアスター)Zaraθuštra自身のことばを記したもので紀元前6世紀ごろまでさかのぼり、古代ペルシア語も前520年ごろまでさかのぼりうると推定される。また、一部の学者が主張するように、中東地域で発見された楔形文字の文献もインド・イラン語派系統の言語で書かれているとするならば、この語派の歴史は前14世紀までさかのぼることとなる。

 中期イラン語としては、前300年より後950年にわたって使用された碑文中世ペルシア語Middle Persian、パフラビー語Pahlavī、マニ教典に用いられた中期ペルシア語の南西イラン・グループをはじめ、後1世紀より3世紀までの文献に現れるパルト語Parthianと、東部イラン・グループを形成するコーラスム語Khwārezmian(12世紀)、ソグド語Sogdian(4世紀)、シャカサカ)ないしコタン語Śaka, Khotanese(7世紀)、スキト・サルマト語Scytho-Sarmatian(2世紀)、バクトロ語Bactrian(2世紀)などがある。とくに東部グループは、ウズベキスタンUzbekistanからタクリマカン砂漠の南ルートを通り、中国領内のトルキスタン地方に至る中央アジア地域に、広く分布していたと考えられる。

 現代イラン語としては、政治的、文化的にもっとも重要な地位を占めるものに現代ペルシア語Modern Persian,(Fārsī)がある。これは、中世ペルシア語の一方言が発達して共通語(コイネー)となったものに、パルト語や他の方言の要素が加わって成立した言語であるが、現在イランの国語として、またアフガニスタンの第二公用語として用いられている(使用人口約3000万人)。なお、11世紀から12世紀にかけペルシア語を話すトルコ人やアフガン人の多数のイスラム教徒がインドに移住した結果、13世紀ごろペルシア語はインド領内イスラム州の公用語となり、単にイスラム教徒のみならずヒンドゥー教徒知識階級の文化共通語ともなっている。さらに、タジク語Tādzhikī(使用人口約200万人)は、タジキスタンTādzhikistānの公用語であると同時に、パミール高原に住む人々の共通語としての役割を果たし、クルド語Kurdish(使用人口約1000万人)は、イラン、イラク、トルコ、シリア、ロシア領内にわたって分布するクルド人の共通語となっている。

 このほかの有力言語としては、アフガニスタンの国語であり、かつパキスタン北西辺境州の共通語でもあるパシュトー語Patō(使用人口約1800万人)と、イランやパキスタンにまたがるバルーチスターン地方をはじめ、中央アジアやアフリカにまで広範囲にわたって分布するバルーチ語Balōcī(使用人口約200万人)、ワジリスターンWaziristānの住民が話すオールムリー語Ōrmurī(バルギスタ語Bargistā)、スキト語から発達したオッセト語Osseticとヤグノービー語Yaghnōbī、サカ語から発達し、パミール高原一帯に分布するガルチャ諸語Ghalchaなどがある。

 ヌーリスターン諸語に属するものとしてはアシュクン語Akun、ワイガリー語Waigalī、カティ語Kati、ナンガラーミー語Nangalāmī、ガンビーリー語Gambīrī、ワシ・ウェリ語Wasiweriなどがあり、アフガニスタンとパキスタンの一部にまたがる、いわゆるカーフィリスターンKāfiristān地域に分布し、アーリア諸語のダルド・グループとやや近い関係にある。なお、アーリア諸語については、「インド諸言語」および「インド・アーリア系諸語」の項を参照されたい。

[奈良 毅]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

百科事典マイペディア 「インド・イラン語派」の意味・わかりやすい解説

インド・イラン語派【インドイランごは】

インド・アーリヤ語派,またはアーリヤ語族とも。インド・ヨーロッパ語族に属するインド語派イラン語派をあわせた名称。前者のベーダ語と後者のアベスター語の担い手たちはともにアーリヤ人と自称し,言語的にも酷似しているので,もとは同一の言語だったことは確実である。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典(旧版)内のインド・イラン語派の言及

【イラン語派】より

…インド・ヨーロッパ語族の一語派で,その最古層ではインド語派にきわめて近く,インド・イラン語派Indo‐Iranianとして未分化の一時期をもったことを想定させる。独立の語派としての歴史は,古代イラン語,中期イラン語,近代イラン語の3期に分けられる。…

※「インド・イラン語派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

青天の霹靂

《陸游「九月四日鶏未鳴起作」から。晴れ渡った空に突然起こる雷の意》急に起きる変動・大事件。また、突然うけた衝撃。[補説]「晴天の霹靂」と書くのは誤り。[類語]突発的・発作的・反射的・突然・ひょっこり・...

青天の霹靂の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android