エジプト神話(読み)えじぷとしんわ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「エジプト神話」の意味・わかりやすい解説

エジプト神話
えじぷとしんわ

古代エジプトは、ナイル川流域で紀元前数千年の昔から紀元前後まで栄え、のちにローマ人やアラブ人によって征服され滅亡した。しかしピラミッドや多くの神殿などの遺跡は残り、これらは古くから多くの人々の関心をひきつけてきた。これらについての本格的な研究は、フランス人J・F・シャンポリオンが1822年に古代エジプトの聖刻文字の解読を発表してから始まるが、それ以後、刻文やパピルス文書読解と研究は急速に進み、古代エジプト人の精神生活についてかなり詳しいことが知られるようになった。古代エジプト人の信仰によれば、人間はこの世で死んでもその魂(バ)は死なずに死後世界に赴き、ときとして元の体に戻ってくるとされた。そのため、死者の肉体はミイラにされて墓所に手厚く安置された。魂が死後の世界へ赴く過程や、死者の神オシリス面前で善悪判定の秤(はかり)にかけられる次第は『死者の書』とよばれる宗教的文書に記されて、今日に伝えられている。

矢島文夫

創世神話

古代エジプト人は、バビロニア人やヘブライ人のようにまとまった創世神話を残さなかったが、各地の神殿の刻文などには、おぼろげながら世界の始まりと神々の系譜の記録が残されている。なかでもヘルモポリス、ヘリオポリスメンフィス、ブシリスの4都市には独立した神学体系があったことが知られており、それらからおよそ次のような内容が再構成される。原初にはヌンとよばれる海があり、ここからアトゥムが生まれたが、これは太陽神ラーと同一視され、またヌンはナイルの川水とも考えられた。アトゥム・ラーは自らの受精作用により、シューとテフヌトを生み、さらにこの2人からゲブヌトが生まれた。この4人は互いに争ったあげく、ゲブは大地、シューとテフヌトは空気と蒸気、末妹のヌトは天となり、ゲブとヌトが交わって、オシリスとイシスの兄妹が生まれた。これが「オシリス神話」の主人公である。なお太陽神ラーの崇拝は、ヘリオポリスを中心としてエジプトの全王朝を通じ盛んに行われた。だが、これにはホルス(鷹(たか)神)崇拝が伴い、王権の確立および継承と関連性があった。

[矢島文夫]

オシリス神話

ギリシアの著作家プルタルコスによって詳細に伝えられているが、それによると、オシリスはイシスと兄妹結婚をしてエジプトを28年間統治した。しかしオシリスは弟のセト(ギリシア名ティフォン)に殺され、その死体は柩(ひつぎ)に詰められてナイルに投げ捨てられた。デルタを通って地中海に流れ込んだ柩は、シリア海岸のビブロスに着き、イチジクの木がこれを囲んで大きくなった。この木はビブロスの王の宮殿の柱となっていたが、悲嘆にくれてこの柩を訪ね歩いていたイシスはビブロスまでやってきてこれを知り、その柩を取り戻した。セトはこのことを知ると、さらにオシリスの遺体を切り刻んで国中にまき散らしたので、イシスはふたたび歩き回ってばらばらにされたオシリスの体を集め、元の姿に戻した。それから生命をよみがえらせる儀式を行ったが、もはやオシリスは現世で生きることはなく、死者の国の王となった。そしてイシスが夫の遺体によって生んだホルスがセトと戦い、ついにセトを打ち破って上下エジプトの王となった。

[矢島文夫]

多神教の神々

古代エジプトでは、イクナートン王統治下の一時期を除き、ずっと多神教が行われていたため、数十の神々は種々の形で尊崇を受け、それぞれの縁起物語をもっていた。それらのなかにはハピ(ナイルの川神)のような自然神や、アヌビス(金狼犬(きんろうけん))、バステト(猫神)、セベク(鰐(わに)神)のような動物神もあり、後代にはエジプトの主神となったアモンのように出自がはっきりしないものもある。またギリシア人によってアフロディテと同一視された技芸神トトのように、原始の段階を抜け出たエジプト文化を反映している神もときにはみられ、しばしば壮大な神殿において厚く尊崇されていた。メンフィスを中心に崇拝されたプタハ神もこれに属し、工芸の神としてギリシア人にヘファイストスと同一視されたが、聖牛アピスをはじめとする動物崇拝もかなり広範囲にわたってみられる。

[矢島文夫]

『矢島文夫著『エジプトの神話』(『世界の神話2』1983・筑摩書房)』


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