エヒード(英語表記)ejido

改訂新版 世界大百科事典 「エヒード」の意味・わかりやすい解説

エヒード
ejido

(1)もともとスペインで村の共有地を意味する語で,ラテン語のエクシトゥスexitus(出口)に由来する。集落に隣接して存在し,家畜の囲い場ないし脱穀などの作業場として村人共同利用に供される。

(2)植民地時代のメキシコでは,土着村落形態にスペインの村落形態をとり入れて再編成した村落共同体,コムニダー・インディヘナが形成された。エヒードはコムニダー・インディヘナに属する共有地の一部をなし,村人(コムニダー・インディヘナの成員)に共同で利用される牧草地あるいは山林であった。

(3)現代ではメキシコの農地改革によって導入された新しい土地制度をさす。1910年に始まるメキシコ革命後,15年の土地法ならびに17年憲法27条に基づいて農地改革が実施された。農地改革の基本は,(a)大土地所有の解体,(b)小土地所有の保護育成,(c)エヒードの創設,の3点である。エヒードとは,一定の範囲の土地の利用権を国から与えられた農民の集団組織,およびその土地のことをさす。この集団組織は通常既存の一つの村の住民により構成されるが,エヒードの土地を申請する目的で新たに入植者によってつくられた集落の住民で構成される場合もある。

 エヒードの土地は私有地とは異なる原理のもとにおかれ,売買,譲渡賃貸借抵当の対象とならない。エヒードの成員,すなわちエヒードの土地の利用権者はエヒダタリオejidatarioと呼ばれ,その権利は通常親から1人の子へ受け継がれる。一つのエヒードの土地は4種類の部分(居住地域,耕地,牧草地,山林)から構成される。耕地は共同で耕作するか,あるいは各エヒダタリオの分割耕地に分割して個別に耕作するかを,彼らのあいだで自主的に選択するのが原則であるが,特定の場合には共同耕作が義務づけられている。共同耕作が行われるエヒードは通称集団エヒード〉,個別耕作が行われるエヒードは通称〈個人エヒード〉ないし〈個別エヒード〉と呼ばれるが,数のうえで後者が圧倒的に多くを占める。個別耕作の場合,個々のエヒダタリオは分割地に対する用益権を有するのみで処分権をもたない。用益権は親から1人の子へ相続される。牧草地,山林は分割されることなく,つねに共同で利用される。共同耕作の場合は一つのエヒードが農業経営の単位として機能するが,個別耕作の場合には農業経営の単位は個々のエヒダタリオの分割地である。農地改革後のメキシコの農地の所有形態は,エヒードと私有地が共存しているが,1991年の農業センサスによると,エヒードは農場総面積の31.7%を占めていた。

 92年1月に憲法27条が改正され,農地改革で導入されたエヒードの制度は抜本的に改革された。改革後はエヒードの総会での決議に従い,エヒダタリオは分割地に対する全面的な支配権を得ることができるようになった。それに伴いその土地はエヒードの土地ではなくなり一般の法律に服することになる。すなわち〈〈売買,譲渡,賃貸借,抵当の対象にならない〉〉という,エヒードの土地に対して課せられていた制限は撤廃される。このことはエヒードの土地の私有地化への道を開くものであり,農地改革の成果のなしくずし的解消につながる。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「エヒード」の意味・わかりやすい解説

エヒード
えひーど
Ejido

メキシコの土地共有制および共有制村落のこと。植民地時代のメキシコにおいては牧畜用の共同体所有地が認められていたが、1856年のレルド法によって解体された。1910年のメキシコ革命において、サパタが指導する農民革命軍は共同体所有地の復活を要求し、1917年憲法でエヒードの創設を定めた。この制度によって、土地をもたない農民家族あるいは村落に土地用益権が与えられ、前者を個人エヒード、後者を集団エヒードとよんだ(土地所有権は国家にあり、売買はできない)。とくにカルデナス大統領期(1934~40)にこのような農地改革が促進され、現在までに約7000万ヘクタールの土地がほぼ300万農民家族に分配されたといわれている。

 しかし集団エヒードによる農業集団化の成功例は少なく、エヒード農民は事実上零細農民(ミニフンディスタ)化しており、いったん廃絶されたアシエンダ(伝統的大農場)にかわって、ネオラティフンディスモとよばれる近代的大所有地が出現している。その結果メキシコの農業は、このようなネオラティフンディスモ地帯の北部4州を除く半数以上の州で停滞ないし後退しており、農業生産成長率は工業生産に比べて3分の1以下に落ち込んだままになっている。石油に代表される近代的部門の活況とは対照的なこの衰退は、エヒードにかけたメキシコ農民の夢の末路を示すものといえよう。

[原田金一郎]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

山川 世界史小辞典 改訂新版 「エヒード」の解説

エヒード
Ejido

もともと農村の入会地を意味するが,メキシコ革命で,農地改革の一環として創設された土地共有制および共有制村落をいう。国から用益権を認められた農地を共同または個人で耕作するが,後者の形態のほうが圧倒的に多い。新エヒードの創設は,現在では行われていない。

出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報

世界大百科事典(旧版)内のエヒードの言及

【メキシコ革命】より

…1929年に革命勢力を結集して結成された国民革命党は38年に再編されてメキシコ革命党となり,46年に再び改編されて今日まで政権を保持している〈制度的革命党〉へと発展したが,この一党独裁体制は他のラテン・アメリカ諸国で顕著に発生する軍部による政治への介入を封じる一方,農民,労働者,中産階級の要求をくみ上げる制度として機能し,政治安定の基礎となった。革命の主要な成果の一つであった農地改革はとりわけカルデナス大統領時代(1934‐40)に実施されて,メキシコの伝統的な大土地所有制はほぼ1940年までに崩壊し,代わって土地の共有を基本理念とするエヒード制が新しい土地制度の主力となった。革命は国民的統合を促進し,メキシコ・ナショナリズムを著しく高揚させた。…

【ラテン・アメリカ】より

…その結果,核アメリカ地域では,コムニダーの共有地の私有地化が進行し,コムニダーの土地の繰込みをともなったアシエンダの拡大が顕著になった。それとともに,コムニダー農民の階層分化が進み,零細農化,隷農化が進行したが,メキシコにおいては,メキシコ革命後エヒードとして農村共同体の再建が推進された。カリブ海地域を含む熱帯低地への外国資本の土地投資,農業投資が活発になり,近代的プランテーションが成立した。…

※「エヒード」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

脂質異常症治療薬

血液中の脂質(トリグリセリド、コレステロールなど)濃度が基準値の範囲内にない状態(脂質異常症)に対し用いられる薬剤。スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)、PCSK9阻害薬、MTP阻害薬、レジン(陰...

脂質異常症治療薬の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android