オネッティ(英語表記)Onetti, Juan Carlos

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「オネッティ」の意味・わかりやすい解説

オネッティ
Onetti, Juan Carlos

[生]1909.7.1. モンテビデオ
[没]1994.5.30. マドリード
ウルグアイの作家。早くから創作活動を行ない,ウルグアイの現代文学に大きな地位を占めている。アルゼンチンブエノスアイレスの大学を卒業。 1943年から 1955年までブエノスアイレスジャーナリズムにたずさわったのち,モンテビデオに戻り,1957年には同市の市立図書館管理局長に就任した。初めて出版された『井戸』 El pozo (1939) は,他人と意志を疎通させることのできない都会人の疎外感を描いた小説としては,現代ラテンアメリカ文学の最初の作品として位置づけられた。『無人の土地』 Tierra de nadie (1942) ,『不幸の顔』 La cara de la desgracia (1960) ,『しで虫』 Juntacadáveres (1964) などの小説を発表。代表作『はかない人生』 La vida breve (1950) でブエノスアイレスとモンテビデオを合成したようなサンタマリアという架空の町をつくりだし,小市民の卑小な人生を描き出した。この町を舞台にした作品には,廃墟と化した造船所を通してウルグアイの崩壊した社会を象徴的に描いた『造船所』 El astillero (1961) などいくつかあり,同一人物がよく登場し,ラテンアメリカの特殊事情や地方色は描かずに,現代の都会と,そのなかで孤立して生きる現代人の感覚,心情を主題としている。フォークナーに技法上の影響を受けたといわれながらも,彼の作品には,共感や連帯の成立不可能といっていい人間関係や,およそヒーローらしからぬアンチ・ヒーローたちが登場し,フォークナーの「南部」に代わって灰色の都会が立ち現れる。長編のほか,『実現した夢,そのほか』 Un sueno realizado y otros cuentos (1951) など,すぐれた短編集も出している。 1976年スペインに亡命。 1963年にウルグアイ国民文学賞,1980年にセルバンテス賞を受賞。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「オネッティ」の意味・わかりやすい解説

オネッティ
おねってぃ
Juan Carlos Onetti
(1909―1994)

ウルグアイの小説家。税関吏の子に生まれる。高校中退後は職を転々とし、新聞、雑誌に映画評論や短編を書く。1939年には創刊された『マルチャ』誌の編集部員として働き、『井戸』を発表。現代ウルグアイ文学の始まりを告げる作品といわれるこの小説も、出版した500部のほとんどが売れ残るありさまであった。1941年にブエノス・アイレスに移り、ロイター通信社に勤めるかたわら『ノーマンズ・ランド』(1941)、『はかない人生』(1950)、『別れ』(1953)など多くの作品を発表。1955年に故国に戻り、新聞社に勤め、1957年にはモンテビデオ市立図書館管理局長となり、三部作ともいうべき『無名の墓』(1959)、『造船所』(1961)、『しで虫』(1964)を発表。1970年にはメキシコで全集が刊行される。1974年の『マルチャ』誌の文芸コンクールの選考委員を務めるが、授賞作が当局の発禁処分にあい、彼自身も一時投獄された。このころから病気がちになり、1976年には政情不安もあって、スペインに渡り療養生活を送る。『風に語らせよう』(1978)で批評家賞を、また1981年にはこれまでの文業に対してセルバンテス賞が授与された。前記の代表作はもとより、作品全体をみても、モンテビデオ、ブエノス・アイレスそして架空のサンタ・マリアという都市に、また自室や酒場、事務所に閉じ込められた人間の孤独を克明に描き、陰鬱(いんうつ)でペシミスティックなものが多くみられる。

[安藤哲行]

『鼓直・杉山晃訳『はかない人生・井戸・ハコボと他者』(1984・集英社)』『鼓直訳『はかない人生』(集英社文庫)』『高見英一訳「ようこそ、ボブ!」(『現代ラテンアメリカ短編選集』所収・1972・白水社)』

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改訂新版 世界大百科事典 「オネッティ」の意味・わかりやすい解説

オネッティ
Juan Carlos Onetti
生没年:1909-94

ウルグアイの小説家。有能なジャーナリストとして文芸誌《マルチャ》を主宰していたが,政府の忌諱(きい)に触れ,亡命して現在はスペインに居住。暗いペシミズムに満ちた自伝的な小説《穴》(1939)で文壇に登場した後,フォークナー,カフカ,ベケット,セリーヌらの影響が如実に感じられるが,架空の町サンタ・マリアに生きる卑小な人間たちの不条理と狂気に満ちた生を追究した《無人地帯》(1941),《はかない人生》(1950),《別れ》(1954),《無名の墓》(1959),《造船所》(1961),《しで虫》(1968)などの作品を発表。80年にセルバンテス賞を受けている。
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世界大百科事典(旧版)内のオネッティの言及

【ラテン・アメリカ文学】より

… 結局のところ,ラテン・アメリカ文学が成熟期を迎えるのは40年代から50年代にかけてのことである。とくに注目すべき小説の分野に限って言えば,《伝奇集》や《アレフ》の作者ボルヘス,《モレルの発明》で知られたビオイ・カサーレスAdolfo Bioy Casares(1914‐ ),《アダン・ブエノス・アイレス》のマレチャルLeopoldo Marechal(1898‐1970),《はかない人生》のオネッティといった,都市的な,反リアリズムもしくは幻想的な傾向の作家たちの出現であった。いわゆる第三世界的な社会的・政治的現実に密着した,呪縛された小説美学からの離脱が試みられたこの時期を通過しなかったならば,〈ブーム〉とまで呼ばれて世界的に話題になっているラテン・アメリカ小説の60年代以降の活況も存在しえなかった。…

※「オネッティ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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