クライン(William Klein)(読み)くらいん(英語表記)William Klein

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

クライン(William Klein)
くらいん
William Klein
(1926―2022)

アメリカの写真家、映画監督。ニューヨーク生まれ。14歳のときにニューヨーク・シティ・カレッジに入学、社会学を学ぶ。1945年陸軍に入隊し、1948年からはドイツ、フランスに駐在。パリ滞在時にはソルボンヌ大学に派遣され美術史等を学んだ。1949年に除隊後、軍隊経験者への奨学金制度を利用してそのままパリに残り、フェルナン・レジェのもとで絵画を学ぶ。公共のための芸術を標榜(ひょうぼう)し、作品のなかに都市に氾濫(はんらん)しているポスター標識などのデザインを積極的に取り込む一方ステンドグラスモザイク壁画等を制作し作品そのものを都市のなかに直接還元していこうと試みていたレジェの幅広い活動は、クラインの芸術観に多大な影響を及ぼした。幾何学的な抽象画を制作することから出発したクラインもまた、キャンバスに描くという手法だけにとどまることなく、鏡を使った作品を試みたり、建築家との共同制作として実験的な壁画を制作した。またガラスを使った立体作品を制作する一方、イタリアの建築雑誌『ドムスDomusの表紙デザインを担当し、抽象的な写真作品も手がけるなど、その活動はジャンルを横断した幅広いものであった。1956年には写真集『ニューヨーク』New Yorkを刊行。故郷ニューヨークのもつ猥雑(わいざつ)なエネルギーをとらえた斬新(ざんしん)な作品は写真界に衝撃を与え、翌年フランスにおいてナダール賞を受賞、写真家として一躍脚光を浴びた。

 同書に収められたクラインの写真は、写真の美学を転倒したといわれる。粗い粒子の画面、ハイ・コントラスト、ブレ=ボケ(カメラを動かしたり、焦点をぼかしたりして得られる効果)、極端なクローズ・アップ、人間の首や上半身を平気で切ってしまうような大胆なフレーミング、不安定に傾斜したカメラ・アングルなど、それまでの写真の常識からはかけ離れたクラインの手法は、情報、物質が氾濫しさまざまな人間の欲望がうずまく現代都市特有のダイナミズムカオス、不安をとらえることを可能にした。1960年代なかばまでに、引き続きローマモスクワ、東京を撮影、それぞれ1冊ずつ写真集にまとめられている。都市の写真を制作する一方で、1955年から1965年にかけては、ファッション雑誌『ボーグ』と契約。路上や鏡を利用した重層的な空間のなかにモデルを配置して撮影するなどさまざまな演出を試み、ファッション写真の分野においても斬新な写真を発表し注目された。

 また、ブロードウェーのネオン・サインをモチーフにした実験的短編映画『Broad by Light』(1958)を皮切りに映画製作を手がけ、1965年以降は写真の制作を休止し映画製作に専心。モード界を題材にした初の長編劇映画『ポリー・マグー お前は誰だ』(1965~1966)、黒人ボクサーのカシアス・クレイ(のちにモハメッド・アリと改名)をとりあげた長編ドキュメンタリー『偉大なるカシアス』(1969)をはじめとして次々に話題作を発表。1978年からは、映画の製作も続行しながら、写真の制作も再開した。

[河野通孝]

資料 監督作品一覧

ポリー・マグー お前は誰だ Qui êtes-vous, Polly Maggoo ?(1966)
ベトナムから遠く離れて Loin du Vietnam(1967)
ミスター・フリーダム Mr. Freedom(1968)
革命の夜、いつもの朝 Grands soirs & petits matins(1968)
偉大なるカシアス  Muhammad Ali, the Greatest(1969)
モデルカップル Le couple témoin(1976)
モード・イン・フランス Mode in France(1985)
イン&アウト・オブ・ファッション In and Out of Fashion(1998)

『『Moscow』『Tokyo』(ともに1964・造形社)』『『ウィリアム・クライン展――映像時代の写真家「巴里のアメリカ人」』(カタログ。1987・PPS通信社)』『New York (1956, Éditions du Seuil, Paris)』『Rome (1959, Éditions du Seuil, Paris)』『William Klein; Photographs, etc. (1981, Aperture, New York)』『In & Out of Fashion (1994, Jonathan Cape, London)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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