グユク(貴由)(読み)グユク(英語表記)Guyuk

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「グユク(貴由)」の意味・わかりやすい解説

グユク(貴由)
グユク
Guyuk

[生]1206
[没]1248
モンゴル帝国第3代皇帝定宗 (在位 1246~48) 。諡は簡平皇帝。太宗オゴデイ長子。 1241年太宗が没すると皇后トレゲネ (脱列哥那)は監国となりグユク推戴をはかったが,トルイ党 (→トルイ〈拖雷〉 ) を支持する長老バトゥ (抜都) の反対にあい,3回目のクリルタイでやっと推戴に成功 (1246) 。定宗は中央政権の動揺に伴って横暴化していた諸王を押え,クリルタイの決議に基づいて南宋を攻撃し,高麗の反モンゴル運動を鎮圧し,ペルシアに遠征した。その間対立が激化したバトゥへの西征の途中病没した。

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