ケーサリー(英語表記)Kesarī

改訂新版 世界大百科事典 「ケーサリー」の意味・わかりやすい解説

ケーサリー
Kesarī

インドの反英民族運動興隆期に発刊されたマラーティー語週刊紙。ケーサリーは〈獅子〉を意味する。デカン教育協会を設立し,プネープーナ)市を中心に民族教育普及につとめていたV.チプルンカル,ティラク,G.アーガルカルらは1881年1月に英字紙《マラーター》とこの《ケーサリー》の発刊に踏み切る。両者は特にティラクの主宰下で,19世紀末から20世紀初頭に急進的民族主義思想を掲げるオピニオン・リーダーとして世論を喚起した。イギリスのこれへの弾圧も激しく,1908年,《ケーサリー》掲載の記事とのかかわりでティラクは騒擾(そうじよう)罪に問われ,6年間国外に抑留された。20年,ティラクの死以降もK.P.カーディルカル,N.C.ケールカルらのすぐれた指導者を得るが,《ケーサリー》はしだいにその紙面の性格を変え,国民会議派内の反ガンディー勢力の拠点となり,30-40年代にはコミュナル組織〈ヒンドゥー大連合〉に接近した。今日では総じて穏健な日刊紙としてマハーラーシュトラの世論に一定の影響をもつ。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ケーサリー」の意味・わかりやすい解説

ケーサリー
Kesari

1880年にインドで創刊された新聞。「ライオン」の意。民族運動急進派の指導者 B.ティラクがマハーラーシュトラ州プーナで発行した。マラーティー語で書かれ,大衆政治意識を高揚し,反英宣伝を行なった。

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世界大百科事典(旧版)内のケーサリーの言及

【ティラク】より

…教育者として出発したあと,20世紀初頭のインド民族運動の中で急進的民族派グループの最大の指導者となる。その主宰する新聞《ケーサリー》と《マラーターMarāthā》はインドの代表的民族紙として反英闘争の強力な武器となる。スワラージ(独立)こそ民族の生得の権利であり,これの獲得は義務であるとの思想をインド人民の心に焼きつけ,スワデーシー(民族産業奨励),イギリス商品排斥,民族教育を掲げて運動を展開。…

※「ケーサリー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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