ゲイ(Marvin Gaye)(読み)げい(英語表記)Marvin Gaye

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ゲイ(Marvin Gaye)
げい
Marvin Gaye
(1939―1984)

アメリカのソウル・ミュージックシンガー黒人音楽におけるソウル・ミュージックの時代を代表するボーカリストの一人。後年麻薬による情緒不安定な生活を送り、人生の幕を父親から放たれた銃弾によって閉じた。本名マービン・ペンツ・ゲイ・ジュニアMarvin Pentz Gay Jr.。首都ワシントン市の黒人街に生まれる。父親はきわめて厳格な牧師として知られ、幼いころのゲイは毎日彼に殴られていたという。

 当時全盛だった地元のドゥーワップ・コーラスのグループ、レインボーズに15歳で加わり、プロ・シンガーへの道を進みはじめる。このグループにはドン・コベイDon Covay(1938― )など、後にソウル・ミュージック・シンガーとして名をなした人たちも在籍しており、彼らはグループの名前をマーキーズと変えてシングル盤を出したこともあった。地元のグループからの脱却は、彼がドゥーワップの大物ハーベイ・フークァHarvey Fuqua(1929―2010)に認められ、フークァが率いる名門ドゥーワップ・グループ、ムーングローズに参加したことがきっかけだった。これによりゲイはフークァとともにデトロイトに拠点を移し、まだスタートしたばかりのモータウン・レコードに籍を置くことになったが、当時のゲイの仕事はドラマーだった。

 1960年代のアメリカのポップ・チャートは、ビートルズに代表されるイギリス勢に圧倒されていた。それに対し、一つの大きな勢力としてアメリカ側から彼らに対抗できたのが黒人であるベリー・ゴーディ・ジュニアBerry Gordy Jr.(1929― )が設立したモータウンレコードだった。モータウンにはシュープリームスやフォー・トップス、テンプテーションズなど若い才能が集まり、次々とヒットを飛ばしていった。ゲイはそのなかにあって「スタボーン・カインド・オブ・フェロウ」(1962)、「プライド・アンド・ジョイ」(1963)、「ハウ・スウィート・イット・イズ」(1965)などの曲により、すっきりとした好青年のイメージで若い白人層にも好感をもたれるような位置を占めた。脳腫瘍(しゅよう)で夭逝(ようせい)したタミー・テレルTammi Terrell(1945―1970)との名デュエット「エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ」(1967)や、大ヒット曲「悲しいうわさ」(1968)なども含め、当時のゲイは、都会的な洗練を基礎としたシンガーとして確かな地盤を固めるまでになっていた。

 このようなモータウンのスターらしいイメージをがらりと変えたのが、1971年に発売された傑作アルバム『ホワッツ・ゴーイン・オン』だった。このアルバムは自作自演で制作責任者(プロデューサー)も本人のうえ、黒人シンガーであれば和(なご)やかな微笑をたたえているのが一般的であった当時、雨に濡れて物思いにふけっているゲイの姿がジャケットに写っていた。そして内容はスラム街に暮らす人々の苦悩や、ベトナム戦争の悲劇などがテーマだった。「黒人は他人のいいなりになって、与えられるものだけを歌えばいい」「黒人はかくあるべし」という差別や抑圧に対して、高名な黒人ポップ・シンガーが「ノー」という姿勢をみせたことは各方面に大きな反響をよんだ。ゲイはこの一作から、単なるヒット・メーカーとは異なる次元に立つ歌手としてみなされるようになったのである。またほぼ同時期に、同じモータウンのスティービー・ワンダーも、ゲイと同様にミュージシャン主導のアルバム作りを始めており、この2人の活動が、その後の黒人音楽の方向性に大きな道筋をつけた。

 その後のゲイはエロティックなダンス・ミュージック・アルバム『レッツ・ゲット・イット・オン』(1973)や『ヒア・マイ・ディア』(1978)などの話題作を作っていく。後者では、自身の離婚問題が語られており、このような「私小説」的なアプローチもソウル・ミュージックでは珍しいことだった。

 アーティストとしては神格化されるほどの存在になりつつあったゲイだが、晩年の私生活は、離婚訴訟や多額の税金未払いなどさまざまな問題を抱えており、それらも原因となって麻薬に溺れていった。1981年、ヨーロッパで隠遁生活を始める。帰国後、事実上のラスト・アルバム『ミッドナイト・ラヴ』が米コロンビアの移籍第1弾として発売されたのは、1982年の秋のことだった。その2年後、ゲイは帰らぬ人となる。父との口論の発端も麻薬だった。

[藤田 正]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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