コミュニティ・ケア(読み)こみゅにてぃけあ(英語表記)community care

翻訳|community care

日本大百科全書(ニッポニカ) 「コミュニティ・ケア」の意味・わかりやすい解説

コミュニティ・ケア
こみゅにてぃけあ
community care

高齢者や障害のある人、家族と暮らすことができない児童、ホームレス状態にある人、薬物やアルコールなどへの依存にかかわる問題を抱えている人など、生活問題を抱えたさまざまな人が、可能な限り施設に入所せず、地域で暮らすことができるように、ホームヘルプサービスやデイ・サービスなどのケア・サービスを提供することをいう。住宅と所得保障コミュニティ・ケアの前提条件であり、就労支援や教育、移動を保障するサービス、電話などの通信手段、レクリエーションなどの、コミュニティ・ケアを支えるサービスも重要である。公的なサービスと企業が提供するサービス、家族や友人、隣人のつながり、自発的な民間非営利の活動とのかかわりが、焦点となる。

[柴田謙治]

イギリスにおけるコミュニティ・ケアの歴史

欧米そして日本の社会福祉には、介護が必要な状態の人も、ノーマライゼーションの思想(障害者や高齢者を排除するのではなく、ともに平等に暮らせる社会こそがノーマルな社会であるという考え方)に基づいて可能な限り施設に入所せず、地域で暮らすことができるように支援する、という国際的な潮流がみられる。欧米の福祉国家のなかでもイギリスは、このような社会福祉のあり方についてコミュニティ・ケアとよんで重点的に進めて、日本の社会福祉のあり方に影響を与えてきた。

 たとえば1927年の「精神遅滞者法の改正」や1929年のウッド委員会報告で、すでに地域が意識されており、1946年のカーティス委員会報告では子供のケアについて、従来の施設収容型ケアよりも民間ホームや小グループによるケアが望ましいとされていた。1957年には王立委員会が精神障害者について、施設や病院でのケアからコミュニティ・ケアへの移行を勧告した。

 1968年に刊行されたシーボーム委員会報告では、ホームヘルプサービスやデイ・ケアなどの「サービスの量の不足」が指摘され、1972年に地方自治体に社会サービス部が設置されて、ホームヘルプサービスやデイ・サービスなどが整備された。しかし1970年代までは、コミュニティ・ケアはことばとしては使用されていたものの、実態に乏しかったため、「おとぎ話fairy taleか?」と揶揄(やゆ)されていた。

 1980年代以降には施設入所者が増加し、民間施設への入所者のなかで所得調査と資産調査の要件を満たした人への所得保障による支出が急増したため、イギリス政府は「コミュニティ・ケア改革」を進めた。1986年には地方自治体監査委員会報告「コミュニティ・ケアの現実化」を公表し、施設と在宅におけるケアの費用を比較して、施設におけるケアとコミュニティ・ケアのバランスを変えるという方針を示した。1988年にはグリフィス委員会報告「コミュニティ・ケア――行動のための指針」が公表され、支援を必要とする人々を発見する仕組みやニーズアセスメント(評価・査定)、本人の意思や家族や友人、隣人によるケアも含めた「ケアのパッケージ」、優先順位などの重要性が提起された。1989年にはコミュニティ・ケア白書「人々のためのケア――次の10年およびそれ以降におけるコミュニティ・ケア」が公表され、ニーズの把握とケアの供給計画の策定、民間部門によるサービスの活用などが地方自治体の責任となり、民間部門からのサービスの購入と契約、苦情への対応、サービスの質や費用対効果のモニターなどの論点が示された。1990年には「国民保健サービスとコミュニティ・ケア法」が制定され、1996年からは介護者にアセスメントを受ける機会を保障する規定を含めた「介護者法」が施行された。また、地方自治体が「コミュニティ・ケア憲章」を作成する枠組みも示された。

 これらの「コミュニティ・ケア改革」には、ノーマライゼーションの実現だけではなく、コミュニティ・ケア計画の策定やニーズ・アセスメントとケアマネジメントの導入、施設ケアからコミュニティ・ケアへのシフト、そして自治体行政のサービス供給から民間部門のサービスの購入への役割の転換という側面もあった。そしてこの改革によって、施設ケアの拡大は抑制され、在宅サービスの供給量は増加した。公的部門によるサービスの供給は縮小し、ボランタリー部門と私的部門によるサービス供給が拡大した。

 1997年のブレア政権の誕生によって民営化の目的と政府の民間部門とのかかわり方は、「市場原理の活用」から「公共サービスの近代化と民主的管理」へと転換した。1998年には「社会サービスの近代化」が発表され、サービスの質を改善するために「ケア基準に関する委員会」が設置されて、全国共通のサービス基準が設定された。2000年には、ケア基準法が制定され、「ベストバリュー」とよばれる、政府と自治体による社会サービスのパフォーマンスの評価と公表も普及した。

 その後のコミュニティ・ケアでは、地方自治体のケア・サービスと国民保健サービスの長期ケアとの関係が焦点となった。前者では資産に応じた負担が求められるため、無料で利用できる後者を選択する人が増え、本当に入院治療が必要な人が入院できないという事態が生じた。そのため、2000年に「国民保健サービスプラン」で医療と社会サービスの統合が提起され、翌年には保健医療ソーシャルケア2001年法が成立した。そして保健省は国民保健サービス改革の一環として、保健ケアと社会サービス部のサービスなどを含めて、ソーシャルケアを一体的な組織で提供する「ケアトラスト構想」を示した。新政権がどのようなコミュニティ・ケア政策を展開するのかに、着目したい。

[柴田謙治]

日本のコミュニティ・ケアの現状と課題

日本では1970年代後半から、在宅福祉サービスが整備されてきた。しかし、コミュニティ・ケアの実現は目ざされてきたのだろうか。

 日本でもコミュニティ・ケアということばは、早い時期から紹介されてきた。1969年(昭和44)には東京都社会福祉審議会が「東京都におけるコミュニティ・ケアの進展について」を答申し、児童福祉と高齢者福祉の分野で、コミュニティ・ケアを提案した。前者については、児童相談所の機能強化も含めた、児童相談・診断・治療のネットワークの整備充実や、入所施設と地域とのかかわりの強化、専門職制度の導入が提起され、後者についてはホームヘルプサービスの充実だけでなく、住宅や就労、余暇、リハビリテーションの充実など、はば広い内容が盛り込まれた。

 また全国社会福祉協議会は1968年に「寝たきり老人実態調査」を行うなど、高齢者の介護ニーズに着目し、ホームヘルプサービスなどの充実を提唱して、1979年には『在宅福祉サービスの戦略』を出版した。当時は、日本で「コミュニティ・ケア」よりも狭義の「在宅福祉サービス」ということばが定着することについての、危惧(きぐ)もみられた。たとえば社会福祉学者の岡村重夫(1906―2001)は、家庭でサービスを利用するだけならば「居宅保護」と表現すれば十分であり、これからのケア方式は単なる「居宅保護」ではなく、地域での社会関係を保存し、発展させながらサービスを提供するコミュニティ・ケアでなければならない、と指摘した。今日のことばでいうならば、在宅福祉サービスというフォーマルなサービスにとどまらず、フォーマルなサービスとインフォーマルな関係や活動を含めたコミュニティ・ケアが重要である、といいたかったのかもしれない。

 その後高齢化の進展とともに、在宅福祉サービスは整備されてきた。1989年(平成1)の高齢者保健福祉推進十か年戦略(ゴールドプラン)でホームヘルプサービスやデイ・サービスの整備目標が示され、1990年の老人福祉法等福祉関係8法改正によって、市町村と都道府県が老人福祉保健福祉計画を策定して、在宅福祉サービスを整備することが義務づけられた。

 2000年には社会福祉基礎構造改革の一環として「社会福祉の推進のための社会福祉事業法等の一部を改正する等の法律」が成立し、政策の焦点は在宅福祉サービスの供給量の増加から、措置制度の利用制度への転換と福祉サービスの利用を支援する仕組みの構築へと移行した。また介護保険制度の導入により、企業や指定事業者の参入も進み、サービスの供給量は増加した。他方では、介護報酬を不正に請求しないなどの法令順守(コンプライアンス)や介護職員の労働条件の改善なども課題となっている。

 このように在宅福祉サービスは整備されてきたが、高齢者の「孤独死」が社会問題となるなど、「コミュニティ・ケア」の実現は依然として課題がある。たとえば2010年には、戸籍には記載されているが、存命を確認できない長寿の高齢者の存在が新聞紙面をにぎわせた。また「無縁社会」(家族・親類、職場、地域などでの絆が失われている社会)ということばも登場した。

 2003年に高齢者介護研究会が公表した「2015年の高齢者介護」や2004年の社会保障審議会介護保険部会の「介護保険制度の見直しに関する意見」を経て、2005年の介護保険制度の見直しにより「地域包括支援センター」が設置された。今後はこのセンターが介護保険などの公的なサービスと介護保険以外の生活支援サービス、そして家族や友人、隣人との関係や活動をつなげていけるかが、コミュニティ・ケアへの試金石となる。

 障害者福祉の「地域移行」、そして児童福祉の地域小規模児童養護施設という潮流が、在宅福祉サービスにとどまらずコミュニティ・ケアにつながるかどうかも、重要である。

[柴田謙治]

『バーバラ・メレディス著、杉岡直人他訳『コミュニティケアハンドブック――利用者主体の英国福祉サービスの展開』(1997・ミネルヴァ書房)』『渡邊洋一著『コミュニティケア研究――知的障害をめぐるコミュニティケアからコミュニティ・ソーシャルワークの展望』(2000・相川書房)』『平岡公一著『イギリスの社会福祉と政策研究――イギリスモデルの持続と変化』(2003・ミネルヴァ書房)』『田端光美著『イギリス地域福祉の形成と展開』(2003・有斐閣)』『渡辺満著『イギリス医療と社会サービス制度の研究』(2005・渓水社)』『岡村重夫著『地域福祉論』新装版(2009・光生館)』

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