シャチホコガ(読み)しゃちほこが(英語表記)the lobster moth

日本大百科全書(ニッポニカ) 「シャチホコガ」の意味・わかりやすい解説

シャチホコガ
しゃちほこが / 鯱鉾蛾
the lobster moth

昆虫綱鱗翅(りんし)目シャチホコガ科の昆虫の総称またはそのなかの1種。シャチホコガStauropus fagiは、ユーラシア大陸に産し、日本では北海道から九州までの全土に普通に分布する。はねの開張は55ミリメートル内外。体は太く、前翅は暗い紫灰色で、前縁部に黄白色の模様があり、この部分はガがはねを閉じて静止したとき前翅の下に隠れず、外に現れる。幼虫は鱗翅目の幼虫では珍しく奇異な形態をしており、中胸部と後胸部の肢(あし)は異常に長く発達し、静止時には頭胸部を強く背方に反らせ、胸を上方に向けて畳み、尾端を背面に持ち上げる姿態をとる。この姿を城郭の棟飾りに用いるシャチホコに見立てて、シャチホコムシと俗称されたのが和名の起源である。ヨーロッパではこの姿をエビに見立てて、ロブスターモスlobster mothとよぶ。幼虫は山林の各種の落葉広葉樹につき、ケヤキカエデなどによくみられる。年二化性で、蛹(さなぎ)で越冬し、5~6月と8月ごろにガが発生する。

 シャチホコガ科には、中形から大形のガが多く、世界には1000種以上知られ、温帯から熱帯の森林地帯に多い。日本には約120種がすむ。色彩や斑紋(はんもん)は属、種によって多彩である。成虫の口吻(こうふん)は退化していることが多く、花や樹液には集まらない。幼虫の形態も多様で、緑色のイモムシ状を呈する場合が多いが、背面の種々の部位に突起や突起列の発達しているもの、尾端の腹脚が退化したり、これと反対に尾脚が長い管状の1対の突起に置き換わったものもある。しかし、前記のシャチホコガのように、中脚と後脚が特化した種は、本科のなかでもわずかである。幼虫はほとんど樹木につき、種ごとに特定の植物を食べる場合が多い。日本のような温帯地域では落葉広葉樹につく種が大半である。ブナにつくブナアオシャチホコは、しばしばブナ林に大害を与え、ヤナギ類につくセグロシャチホコ、ポプラにつくヒナシャチホコ、サクラを食うモンクロシャチホコなどは害虫として著名。シャチホコガ科を古い書物では「天社蛾科」と記していることがあり、中国では現在「舟蛾科」とよんでいる。

[杉 繁郎]


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改訂新版 世界大百科事典 「シャチホコガ」の意味・わかりやすい解説

シャチホコガ
Stauropus fagi

鱗翅目シャチホコガ科の昆虫。幼虫が特異な姿態を示す。幼虫の3対の胸脚のうち,中・後胸の2対が異常に長く発達し,静止時には胸部と尾端部をもち上げて強く背方にそらせるので,これを城郭の棟の装飾に使う鯱(しやちほこ)に見たててこの名がある。成虫は開張約5.5cm内外。紫灰色でやや赤褐色を帯びる。ユーラシア大陸に分布,日本にもふつうに産し,年2回,4~6月および7~9月に現れる。ケヤキ,カエデ,サクラなど各種の広葉樹につく。また,この種を含むシャチホコガ科Notodontidaeは,世界の全大陸に分布し,温帯や亜熱帯の森林に多い。中型から大型のガで,幼虫は主として樹木につくが,一部ササやタケなどにつく群もある。日本には約120種を産する。前翅に銀色の紋をもつギンモンスズメモドキや,ときにブナ林に大発生して大害を与えるブナアオシャチホコなどがよく知られている。幼虫は種類によって特異な形態をしているものが多い。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「シャチホコガ」の意味・わかりやすい解説

シャチホコガ
Stauropus fagi

鱗翅目シャチホコガ科。前翅長 24~31mm。体は比較的太く長い。触角は雄では櫛状,雌では糸状。前翅は細長く,表面は暗灰色地に黒点と白点がある。後翅は丸く,暗褐色。幼虫は特異な体形でシャチホコムシといい,カエデ,ハギ,サクラ,クヌギ,ヤナギなどの葉を食べる。北海道,本州,四国,九州,サハリン,朝鮮,シベリア,中国,ヨーロッパに分布し,日本産は亜種 S. f. persimilisという。なおシャチホコガ科 Notodontidaeは一般に中~大型のガで,翅は細長く,前翅後縁の中央または基部近くに鱗毛が叢生することが多く,翅をたたむと背面に突出する。また幼虫に異型のものが多い。この科のセダカシャチホコ Nadata cristataは前翅長 32~43mm,翅は黄褐色で前翅先端はとがり,外縁は鋸歯状,翅表には外縁と平行に条線がある。幼虫の食草はクヌギ,カシ,コナラなど。北海道,本州,四国,九州,アムール川流域,中国,台湾などに分布する。タテスジエグリシャチホコ Togepteryx velutinaは前翅長 17~19mm,前翅表面は黄白色地に紫黒色の縦帯があり,外縁は前後翅とも鋸歯状にみえる。触角は雄では櫛状,雌では鋸歯状。北海道,本州,四国,九州,サハリン,ウスリー川流域に分布する。

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百科事典マイペディア 「シャチホコガ」の意味・わかりやすい解説

シャチホコガ

鱗翅(りんし)目シャチホコガ科の1種,または同科の総称。前者は開張55mm内外,暗褐色で紫を帯びる。幼虫はサクラ,ナシなど落葉広葉樹の葉を食べ,脚が異様に長く,腹端がふくれ,敵が近づくと腹端と頭をあげ脚を振って威嚇する姿を鯱鉾(しゃちほこ)にたとえこの名を生じた。日本全土,朝鮮,シベリア,ヨーロッパに分布。後者は中型のガ約2000種を含み,日本には約120種がいる。どれも夜行性で灯火によくくる。

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