シャーマン(Cindy Sherman)(読み)しゃーまん(英語表記)Cindy Sherman

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

シャーマン(Cindy Sherman)
しゃーまん
Cindy Sherman
(1954― )

写真を使用するアメリカの美術作家。ニュー・ジャージー州グレンリッジに生まれ、ニューヨークのロング・アイランドで幼少期を過ごす。1976年ニューヨーク州立大学バッファロー校(絵画専攻)卒業。在学中クラスメイトの画家ロバート・ロンゴRobert Longo(1953― )と出会い、現代美術に開眼。翌年ロンゴとニューヨーク市に移住。その年末より自分自身を撮影した白黒写真の連作「アンタイトルド・フィルム・スティル」を開始。80年ニューヨークの画廊メトロ・ピクチャーズで個展を開催。82年ドイツ、カッセルの国際美術展ドクメンタおよびベネチアビエンナーレに出品。このころより国際的な注目を集める。「アンタイトルド・フィルム・スティル」は、大衆映画やソープオペラのステレオタイプなヒロインを連想させる人物に自ら扮装し撮影したもの。80年に手がけた「リア・スクリーンプロジェクション」は最初のカラー作品で、スライド写真をスクリーンに投影しその前に扮装した作者が立つセルフポートレートで、つづく81年のパノラマのカラー作品「センター・フォールド」は、美術雑誌に掲載される際の見開きの形式を想定して制作され、作者の身体を俯瞰する男性的、抑圧的な視線が際だっている。著しく作品サイズが拡大し、映画のシネマスコープ・サイズを思わせるこの二つの連作を通じてシャーマンは、巨大な展示物としての写真というあり方を一般に定着させ、結果的に写真の提示形式に革新をもたらした。

 80年代前半までの作品は、既存のメディアに登場する女性像をコスチュームプレーによって反復、提示している。あえて男性側の視線をなぞり、性的衝動を喚起する戦略には、フェミニズム批評家の一部から批判が起こった。しかしシャーマンの写真は、意味内容ではなく記号的な力学に重きをおいており、むしろ男性・女性間の固定した支配、隷属関係そのものを顕在化させつつ、さらにその関係を不鮮明なものにして社会的な文脈とは微妙にずれた新しい物語のなかに置きなおしている。こうした特徴をもつシャーマンの作品は、85~89年に制作された連作「ディザスター」と「フェアリー・テイル」において新たな段階を迎える。これらの連作では、それまでのソープ・オペラ的、メロドラマ的な場面設定にグロテスクなホラー映画を思わせる設定がとって代わる。シャーマンは、自ら汚物や腐敗物の支配する風景のなかの死体を演じ、また異形の動物や怪物に扮装することで、恐怖、病、死といったネガティブな観念を自己像の解体過程と見事に結びつけた。

 また88年に開始された「ヒストリー・ポートレート」では、美術史上の肖像画の傑作に、主に複製画を下敷きにしながら自ら扮し、それを自由に翻案した。このセルフ・ポートレートの連作は、同時期に同様の主題に取り組んだ森村泰昌(やすまさ)(1951― )の作品とは異なり、起源となる図像が直接的には特定しがたいものである。それまでの彼女のセルフ・ポートレート同様、「ヒストリー・ポートレート」もまた、起源を欠いたシミュラクル(模造)という特徴が顕著である。こうした特徴によってシャーマンは、美術が歴史的に価値をおいてきたオリジナリティーや作者の権威を批判する、ポスト・モダニズムの思潮を代表する作家の一人と目されている。

 医療用器具店で入手したマネキンを撮影した連作「セックス・ピクチャー」(1992~ )ではセルフ・ポートレートという枠組みから離れ、性表現に関わるジェンダーの問題はもちろん、身体性や検閲といったさまざまな問題を提起した。以降、「ホラー」(1994)、「マスク」(1996)でも人形を用いた連作を続けて発表。彼女の作品はすべて「無題(アンタイトルド)」というタイトルに番号が付され、上記連作のタイトルは通称である。なお「ファニーなホラー」をテーマにしたという劇場用映画に『オフィス・キラー』(1997)がある。

[倉石信乃]

『「特集シンディ・シャーマン」(『美術手帖』1996年10月号・美術出版社)』『Rosalind Krauss, Norman BrysonCindy Sherman 1975-1993 (1993, Rizzoli, New York)』『「シンディ・シャーマン展図録」(カタログ。1996・朝日新聞社)』

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