ショウノウ(読み)しょうのう

改訂新版 世界大百科事典 「ショウノウ」の意味・わかりやすい解説

ショウノウ(樟脳) (しょうのう)
camphor

クスノキに大量に含有されるテルペン系のケトン化合物。カンファー,医薬関係ではカンフルとも呼ばれている。特有のきつい芳香と焼けるような味をもつ無色透明の固体。天然のショウノウはd-体が普通で,l-体はごくまれに植物精油中に含まれ,合成ショウノウdl-体である。d-ショウノウは融点178.45℃,沸点209℃(昇華),比重0.9853,比旋光度=+44(エチルアルコール)。アルコール,アセトンエーテルベンゼンなどの有機溶媒に溶け,水には溶けにくい。きわめて昇華しやすい。小片を水に浮かべると水面を活発に動きまわる。

 ショウノウは古く600年ころからアラビアで薬として重用された記録があり,ギリシアやエジプトにおいても古代から霊薬として,また東洋では宗教上の儀礼や医薬として珍重されたものである。殺虫作用,医薬作用を利用するほか,ショウノウがニトロセルロースと固溶体をつくり可塑剤として優れた性質をもつこと,着色性がよいことが見いだされ,セルロイドやフィルムの製造に大量に用いられ,またニトロセルロース無煙火薬の製造など,工業原料としての重要性が生じてからは,天然ショウノウ採取のほか合成法が数多く提案され,工業化されている。

(1)天然ショウノウ 原料となるクスノキは亜熱帯性植物で,中国長江南部,インドシナ,台湾,日本南部に生育するホンショウ(本樟)と,台湾に産する変種ホウショウ(芳樟)がおもなものである。ホンショウにはアカグス,アオグス,ボケグスなどがある。ホウショウはリナロールなどの芳香成分の含有量が大きい。ショウノウおよびショウノウ油(後述)はこれらの木の油細胞に含有されているが,その含有量は樹齢の大きいものほど多く,通常50年以上のものが用いられる。根に最も多く含まれ,枝,幹の順である。細断した根株を製脳器と呼ばれる蒸留がまに詰め,水蒸気蒸留を行ってショウノウおよびショウノウ油を抽出する。次にフィルタープレスなどでショウノウ油と水をきり,粗製ショウノウとする。さらに昇華または再結晶によって精製ショウノウとする。市販品には粉末,板状,型打品などがある。

(2)合成ショウノウ ショウノウの全合成は1903年にシュウ酸エチル,β,β-ジメチルグルタ酸ジエチルを原料として完成された。現在はテレビン油の主成分であるα-ピネン,β-ピネンを原料とし,カンフェンイソボルネオールを経て合成される。最も経済的で大量生産に適するカンフェン直接異性化法を下に示す。これはα-ピネンを酸化チタン,メタケイ酸アルミニウムを触媒として直接異性化したカンフェンから合成するものである。



ニトロセルロースの可塑剤,すなわちセルロイド,フィルム原料として大量に用いられている。昇華性の高いことから防虫用,薫香用として重用される。医薬用としては強心剤(ショウノウオレーフ油)として,呼吸中枢,血管運動中枢,心臓の興奮,細胞の機能の活性化に,注射薬とされる。またビタカンファー,カンフェナール,カンフルチンキ,局方カンフルなどとして臨床用に用いられる。ショウノウはまた銅や亜鉛の硫化鉱石の浮遊選鉱用にも利用されている。

前述のようにクスノキなどを水蒸気蒸留したときにショウノウとともに留出する精油で,ショウノウの微粒が多量(50%程度)に浮遊しているので,これを分別すると比重0.95~0.995の黄褐色の液体として得られる。この液体を分留して,白油(160~185℃で留出),赤油(210~215℃),ラン(藍)色油(220~300℃)に分ける。白油は片脳油ともいい,テルペン炭化水素(α-ピネン,リモネンなど),シネオールを含み,防臭用やテレビン油の代用として用いられる。赤油はサフロール,オイゲノールを含み,これらの製造原料,あるいはセッケン,防腐剤の原料とされる。ラン色油はセスキテルペン,セスキテルペンアルコールなどから成り,防虫・防腐剤や医薬の原料とする。またショウノウ油は浮遊選鉱の起泡剤としての用途もある。
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化学辞典 第2版 「ショウノウ」の解説

ショウノウ
ショウノウ
camphor

C10H16O(152.24).カンファーまたはカンフルともいう.二環性モノテルペンケトン.クスノキCinnamomum camphoraに含まれている.クスノキの細片を水蒸気蒸留し,留出するショウノウ油を冷却すると粗結晶が析出する.昇華するか再結晶すれば右旋性のd-ショウノウが得られる.d-ショウノウは融点178~179 ℃,沸点209 ℃.0.99.+44°(エタノール).有機溶剤に可溶.昇華性がある.香料,防虫剤に用いられる.LD50 8000 mg/kg(マウス,静注).また,ピネンからカンフェン,イソボルネオールを経てdl-ショウノウも合成されている.酸化するとショウノウ酸(camphoric acid),カンファン酸(camphanic acid),カンホロン酸(camphoronic acid)などを生じる.ショウノウ酸C10H16O4は融点187 ℃.+47°.カンファン酸C10H14O4は融点201 ℃.+9.1°.カンホロン酸C9H14O6は融点156 ℃.-27°.pKa1 3.53,pKa2 4.98,pKa3 7.43.

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

栄養・生化学辞典 「ショウノウ」の解説

ショウノウ

 C10H16O (mw152.24).

 クスノキの精油に含まれ,香料,防虫剤などに使われる.合成品もある.

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ショウノウ」の意味・わかりやすい解説

ショウノウ

カンファー」のページをご覧ください。

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世界大百科事典(旧版)内のショウノウの言及

【可塑剤】より

…高分子によく溶け合い,溶媒のような働きをする物質である。可塑剤の歴史は,19世紀後半セルロイドを製造するさいに,高分子であるニトロセルロースに熱可塑性を与えるためにショウノウを加えたことに始まるが,大きく伸びたのは,第2次大戦後ポリ塩化ビニルが合成樹脂として広く使用されるようになってからである。ポリ塩化ビニル製のふろしき,靴,かばんなどを柔らかくて,しなやかにするため,40~60%の可塑剤が添加される。…

【カンフル】より

…カンファーcamphorともいう。ショウノウ(樟脳)の医薬品名。ショウノウは医薬品のほか,セルロイド,火薬,フィルムなどの原料とされ,防虫剤,防臭剤などにも用いられる。…

【クスノキ(樟)】より

…果実は直径7~10mmの球形の液果で紫黒色に熟し,中に直径3~5mmの1個の種子をもつ。葉をはじめ樹体全体にショウノウ(樟脳)を含み,芳香をもつ。木材は黄褐色~淡紅褐色の散孔材。…

※「ショウノウ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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