スーステル(読み)すーすてる(英語表記)Soustelle, Jacques(-Émile)

日本大百科全書(ニッポニカ) 「スーステル」の意味・わかりやすい解説

スーステル
すーすてる
Jacques Soustelle
(1912―1990)

フランス政治家、人類学者。高等師範学校(エコール・ノルマル・シュペリュール)に学び、第二次世界大戦前はコロンブス来航以前の中南米の研究家として知られる左翼知識人であった。大戦中ドゴール自由フランス運動参加し、戦後は情報相、植民地相(1945)を歴任し、ドゴール派のフランス国民連合(RPF)の書記長(1947~1951)、下院議員(1951~1958)を務めた。1955~1956年にアルジェリア総督を務めたことからアルジェリア独立運動(アルジェリア戦争)に敵対的となり、1958年のドゴールの政権復帰に貢献し、同年情報相に任命された。しかし、ドゴールがアルジェリア独立承認に傾いたため、国外亡命(1961~1968)を余儀なくされた。恩赦帰国後の1973~1978年ふたたび下院議員を務めた。人類学や回想録など著書多数。

[平瀬徹也 2018年11月19日]

『スーステル著、狩野千秋訳『アステカ文明』(白水社・文庫クセジュ)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「スーステル」の意味・わかりやすい解説

スーステル
Soustelle, Jacques(-Émile)

[生]1912.2.3. モンペリエ
[没]1990.8.7. パリ郊外
フランスの人類学者,政治家。エコール・ノルマル・シュペリュール (高等師範学校) 卒業後,第2次世界大戦前は調査のために数度メキシコに出かけ,1937年パリ博物館副館長。 38年反ファシスト知識人監視委員会書記長。第2次世界大戦中「自由フランス運動」に参加。 45年情報相,植民地相。 47~52年フランス国民連合書記長。 51年下院議員。 55年アルジェリア総督に任命されたが,極右的言動のため 56年解任された。 58年 C.ドゴール将軍の政界復帰を援助し,同年 10月新共和国連合結成に参加,58~59年再び情報相。 59年サハラ・原子力問題相。 59~60年国務相となったが,60年ドゴールのアルジェリア政策と対立し解任され,61年国外亡命,62年反逆罪で逮捕状が出されたが,68年特赦で帰国。 73年下院議員。 83年アカデミー・フランセーズ会員。主著"La Page n'est pas tournée" (1965) ,"L'Art du Mexique ancien" (66) ,"Histoire du Gaulisme" (67) 。

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百科事典マイペディア 「スーステル」の意味・わかりやすい解説

スーステル

フランスの政治家。初めパリ人類博物館副館長。第2次大戦中ド・ゴール自由フランス運動に参加,反独秘密工作を指導する。戦後もド・ゴール派中心として情報相,植民地相などを歴任,1958年ド・ゴールの政界復帰を援助したが,のち反対派に転じ,1962年―1969年亡命。

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