セッケン(読み)せっけん

改訂新版 世界大百科事典 「セッケン」の意味・わかりやすい解説

セッケン(石鹼) (せっけん)
soap

高級脂肪酸の金属塩の総称。炭素数6以上の脂肪酸を高級脂肪酸というが,セッケンにはC7~C21,実用上はC12~C18の飽和または不飽和脂肪酸が用いられる。金属塩としては,ナトリウム,カリウム,カルシウムマグネシウムアルミニウム,スズ,亜鉛,鉛,コバルト,ニッケルなどの塩があるが,一般にセッケンという場合はナトリウム塩とカリウム塩(アルカリ金属塩)を指し,他の金属塩は金属セッケンと呼んで区別する。これは高級脂肪酸のアルカリ金属塩は水溶性であり,洗浄力が大きいため,古くから洗浄用に使用された歴史があり,一方,他の金属塩はアルカリ金属塩に比べて物性がかなり異なるためである。後者はむしろ油溶性であり,撥水性,増粘性,すべり性,結着性をもつので,金属イオンを有機物中に均一に溶解させたり,プラスチックに混和するなどの手段で,滑剤,表面処理剤,老化防止剤,安定剤,触媒などの工業的利用が広がっている。本項では洗浄作用をもつセッケン,すなわち高級脂肪酸ナトリウム塩およびカリウム塩について述べる。他の金属塩については〈金属セッケン〉の項目を参照されたい。なお実用上洗浄剤としてはアンモニウム塩エタノールアミンなどの有機塩基塩を用いることもあり,これらはアンモニウムセッケンアミンセッケンと呼ばれている。

高級脂肪酸ナトリウムは分子内に親水基と親油基が局在する構造をもつ。

このため,水-空気,水-油界面のように極性の異なる界面に存在すると,親水基を水側に配向した吸着分子膜を形成して表面張力を変化させ,固体-液体界面に吸着した場合は液体の浸透性を増大させるなどの役割を果たす。また気体-液体界面では安定な吸着層をつくって発泡を助けるなどの作用をする。一方,水溶液中では溶解した高級脂肪酸ナトリウムは,きわめて低い濃度(臨界ミセル濃度以上)で,溶液内で分子会合してミセルを形成し,その中に有機物質を可溶化させ,油滴などと共存する場合は安定に乳化させる。このように物質の界面状態を変化させ,いわゆる界面活性能が発現する。高級脂肪酸ナトリウムが洗浄に利用される理由は,これらの機能の複合した作用としての洗浄効果によるのである。

 洗浄剤としてのセッケンは,発泡性がよく,浸透性,可溶化能に富み,かつ温度変化に安定であること,すすぎ洗いで除去されやすいことなどが要求される。これらの性質は高級脂肪酸の種類によって大きく影響される。表面張力の低下能,発泡性ともに炭素数12~18の脂肪酸ナトリウムで増大するが,脂肪酸が飽和か不飽和かによって影響を受ける。それは気泡表面に配向した脂肪酸塩分子膜が安定に形成されるか否かによるためで,不飽和度が高い場合は分子が二重結合の位置で屈曲するなどのために発泡性が弱まる。またラウリン酸(炭素数12)のように炭素数の少ない脂肪酸の塩では,発泡が低温では安定であるが,高温では不安定となる。これに反しステアリン酸(炭素数18)やパルミチン酸(炭素数16)などの塩では高温でもかなり安定で,微細な発泡をする。オレイン酸塩C18(不飽和)ではほとんど温度変化がない。不飽和度の高いもの,たとえばリシノール酸などでは性能が低下する。一方,炭素数が20を超すものは,高温(80~100℃)でむしろ洗浄力が発現することになる。

 実際のセッケンの製造に当たっては脂肪酸の原料は天然油脂に依存するわけで,これらは多種類の脂肪酸の混合組成をもつため,各種油脂を選択・配合して,溶解性,洗浄性などで最もよい物性を示す原料組成をつくる必要がある。またセッケンを使用する環境も国により異なり,たとえば日本では水または比較的低温水で洗濯を行うが,欧米では高温水を用いるなどの事情で,セッケンを構成する脂肪酸にも差が生じる。実用されるセッケンには高級脂肪酸ナトリウム混合物に,さらに香料,色素,ロジンなど,および数種類のビルダーと呼ばれる無機塩を混合して洗浄性の向上を図っている。ビルダーを含まないセッケンは一般にマルセルセッケンと呼んでいる。なおセッケンの洗浄力は炭酸ナトリウムケイ酸ナトリウムなどのアルカリの存在下,pH10.7(40℃)付近で最大となる。

 現在洗浄剤としてのセッケンは,その機能の解明と,石油化学を主とする合成化学の進歩から,種々の合成洗剤に置き換えられつつある。さらに界面活性の機能をさまざまな形で細分化,具現化することにより,セッケンにまさる物質が生産されている。たとえば高級脂肪酸ナトリウムは弱酸・強塩基の塩であるため,その水溶液は弱アルカリ性であり,さらにカルシウム,マグネシウム,バリウムなどの無機塩を含有する硬水中では,これらの金属イオンとで水に不溶性の塩(金属セッケン)をつくり,洗浄剤としての機能を果たさない。そこでこれに代わるものとしてアルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム,高級アルコール硫酸エステルナトリウム塩などが合成され,ソープレスソープsoapless soapという名称で市場に登場してきた。現在さまざまな合成洗剤が製造され,利用されており,かつてセッケンは第2次大戦後1959年には38万tの生産量をあげたが,現在では合成洗剤に代替され,生産量は半減している。しかし合成洗剤はその機能を重視した開発の結果,廃水中の残留物による環境汚染,皮膚などへの刺激による炎症の原因となることなどの弊害を生じ,セッケンの有用性が見直されている。とくに一般家庭用としては化粧セッケン以外の洗濯用粉末セッケン(粉セッケン)の再評価がなされている。

セッケンはすでに1世紀ころガリア人により獣脂と灰とからつくられたといわれる。8世紀にはヨーロッパにセッケンを製造する職人が現れ,13~15世紀には地中海沿岸の最良の油脂資源オリーブ油と地中海産の海藻から得られるソーダを原料に,セッケン製造は家内工業の形態で行われた。とくに南フランスを中心とした香料工業の発達とともに発展し,さらに16世紀の繊維工業の興隆からその需要が増大,とくにN.ルブランのソーダ製造法の発明と相まって,19世紀初頭からフランスを中心とした近代化学工業の一つの基盤をなした。日本へはすでに室町時代にポルトガル人によりもたらされており,ポルトガル語のサボンsabãoがなまったシャボンという名称が長く用いられてきた。工業的製造は1871年(明治4)手工業の形態で始まったが,以後油脂工業の発達と関連しつつ,硬化油,グリセリンをも生産する総合的な工業として発展を続けた。しかし前述のように1960年以降は石油化学を主とする合成洗剤工業に大きくその座を譲っている。

 製法は,天然油脂から得た脂肪酸を苛性アルカリと反応させて塩を形成させることによる。その方法はケン化法と中和法の二つに大別される。

(1)ケン化法 油脂と苛性アルカリを反応させて,脂肪酸セッケンとグリセリンにする方法。

油脂を100℃前後でやや過剰の苛性アルカリと十分に混合しながら加熱煮沸してケン化する。反応終了後,反応物は半透明なのり状のセッケン膠(こう)となる(ケン化工程)。次にこれに食塩または食塩水を徐々に添加すると,にかわ状に含水したセッケン(カードセッケンcurd soap)と含グリセリン食塩水(廃液)の2層に分離する(塩析工程)。実際の工程では必要に応じてカードセッケンにさらにケン化を行い(仕上煮工程),再度塩析してセッケン層を分離する(仕上げ塩析)。上層には純良,淡色,強靱なセッケン素地(ニートセッケンneat soap)が,下層部に灰色のセッケンが,最下層に少量の廃液が分離する。ニートセッケンは,枠に流し込んで自然に冷却固化させるか,冷圧機によって急冷固化させる。また冷却ドラムによる薄層固化法もある。固化時に必要に応じ香料,色素,ビルダー類を加える。洗濯用粉末セッケンはカードセッケンに炭酸ナトリウムを混和し,噴霧乾燥機で冷却粉体固化する。化粧セッケンはニートセッケンに高温時に香料,色素,ビルダーを加えて混和し,冷却固化して成形,乾燥するか,これをさらにチップ状として再加熱し,冷却ロールで練りながら水分を15%前後とし,さらにロールで練りを繰り返し,真空押出機で押出成形する方法をとる。前者は枠練りセッケンと呼ばれ,内部に水が入り込みにくく,冷水には溶けにくいが,湯には溶けやすく,浴用セッケンに適する。後者は機械練りセッケンと呼ばれ,セッケンの結晶が細かく,水分が入り込みやすく,冷水によく溶ける。化粧セッケンの場合は,とくに遊離アルカリ,皮膚を刺激する介在不純物などを十分に吟味する必要がある。

(2)中和法 高温加圧加水分解,触媒などによる油脂から高級脂肪酸を製造する技術が進歩するにしたがい,セッケンの合成法の主流はケン化法から反応・精製の容易な中和法へと切り替わっている。

 RCOOH+NaOH─→RCOONa+H2O

苛性アルカリのほか炭酸ナトリウムを用いて脂肪酸を中和する。反応の中途で粘度が上昇するので少量の食塩を加えて粘度を下げる。生成したセッケンの分離,加工工程はケン化法と同様であるが,中和法は自動的に計量された脂肪酸とアルカリを連続的に乳化,中和してセッケンが製造されるので,ケン化法よりはるかに諸効率が向上している。

 苛性カリを用いた脂肪酸カリセッケンの場合は塩析による脱水・分離が行われにくいため,通常は塩析を行わずににかわ状のまま製品とする。このため軟セッケンともいわれる。カリセッケンは皮膚に対する刺激が少ないので,幼児用,医用とされる。

 セッケンの原料の油脂は,牛脂,硬化魚油,パーム油,ヤシ油,ダイズ油,米ぬか油などであるが,生産量の減少,食料としての使途との競合があり,再生廃油の利用も行われている。また石油からのパラフィンの酸化による合成脂肪酸を原料とすることもある。

セッケンは使途により家庭用セッケンと工業用セッケンとに大別される。家庭用セッケンには洗濯セッケン,化粧セッケン,薬用セッケンがある。洗濯セッケンは洗浄力が強く,価格が安定なこと,布地を傷めないことが必要である。中性のマルセルセッケンが良質であるが,洗浄力を増し,安価とするためにロジンなどを配合し,ややアルカリ性を強くしてある。ビルダーも比較的多く,また遊離アルカリなどの不純物に対する配慮も化粧セッケンほどではない。製品は形状により,粉末,ビーズ状,フレーク状,棒状セッケンに分けられる。化粧セッケンは芳香性に優れ,触感が滑らかで,皮膚に対する刺激を抑えるためアルカリ性が弱い。良質のグリセリンや透明化剤を加えて視覚的にも美しく,かつ溶解性のよいものが多い。なお近年はシャンプー類の液状洗剤はほとんど中性洗剤に代替されている。薬用セッケンはおもに液状で消毒用とされ,クレゾールセッケン,ホルマリンセッケンなどや,陽イオン界面活性剤の逆性セッケンが用いられる。工業用セッケンは,繊維工業で羊毛,生糸,木綿,麻などの原料繊維の精練からその後の処理の工程で広く用いられ,そのほか,ナフテン酸セッケン(ドライヤー,防腐・防水剤),ロジンセッケン(農薬,紙サイジング用),染色助剤とされるものもある。
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化学辞典 第2版 「セッケン」の解説

セッケン
セッケン
soap

一般には,高級脂肪酸の塩の総称で,これに類似した性質の樹脂酸,ナフテン酸などの塩も含めてセッケンという.しかし,日常,われわれがセッケンというのは高級脂肪酸のアルカリ(とくにナトリウム,カリウム)塩で,アルカリセッケンとよばれ,水溶性で洗浄用に用いられる.そのほかの金属,すなわち,アルカリ土類金属や重金属のセッケンは,金属セッケンとよばれ,水に不溶である.セッケンは水溶液にした場合,いちじるしく表面張力を低下させる作用をもち,起泡力にもすぐれている.また,セッケン分子が会合してミセルを形成し,コロイド溶液の状態を示す.セッケンを分類すると表のようになる.

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

世界大百科事典(旧版)内のセッケンの言及

【ケン化(鹼化)】より

…エステルをアルカリ溶液とともに加熱すると,加水分解されて脂肪酸の金属塩とアルコールを生ずる反応。たとえば脂肪酸エステルである油脂は,水酸化ナトリウム水溶液(苛性ソーダ水溶液)とともに加熱することにより,セッケンとグリセリンになる。これはセッケンの製法として,古くから工業的に用いられているもので,ケン化の名称もこれによる。…

【洗濯】より

… ルイ王朝のフランスにおいても,洗練された服装文化から洗濯の対象物は増加し,とくに貴族階級の凝った服装に対応するには高度の技術を要するようになってきた。18世紀初めのシャルダンの《シャボン玉》は,母親が屋内の洗濯槽の前で立ち洗いをし,そばで子どもがシャボン玉を吹いている情景が描かれており,セッケンが家庭洗濯に使われていたことをあらわしている。ブーシェの《水車小屋》にも川辺で洗濯をする女たちが描かれている。…

【洗濯セッケン(洗濯石鹼)】より

…一般家庭用で衣服等の洗濯に使用するセッケン。商品としての形状には,固状,粉状,フレーク状,ビーズ状等がある。…

※「セッケン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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