ダイエー

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ダイエー」の意味・わかりやすい解説

ダイエー

イオン傘下スーパーマーケットチェーン。1957年実業家の中内が大栄薬品工業として設立。1959年主婦の店,1962年主婦の店ダイエー,1970年ダイエーに商号を変更。関西地方を中心に店舗を増設しながら全国展開,良質で安価な商品をモットーに成長し小売業界のトップとなった。1975年コンビニエンスストアのダイエーローソンを設立(→ローソン)。1988年よりプロ野球球団福岡ダイエーホークスを経営。1994年忠実屋ユニードダイエー,ダイナハの 3スーパーチェーンを合併。1997年グループ傘下のサービス,外食,不動産関連の企業 40社を統括する持株会社,ダイエーホールディングコーポレーションを設立。1999年財務再建のため,多角化部門を持株会社の傘下へと分離を進めた。2001年,ローソンを三菱商事に売却。2002年,持株会社を清算。その後も自力再建の努力を続けたが,2004年10月産業再生機構に再建の支援を要請。再建策の一環として,2005年福岡ダイエーホークスをソフトバンク(→ソフトバンクグループ)に売却した。2006年に丸紅筆頭株主となる。2007年イオンが参入し 3社による資本業務提携締結。2013年イオンがダイエーに対する株式公開買付 TOB(→株式公開買付制度)によって筆頭株主となり,ダイエーを子会社化した。

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改訂新版 世界大百科事典 「ダイエー」の意味・わかりやすい解説

ダイエー[株]

日本の代表的なスーパーマーケット。本社,東京都江東区。1957年中内㓛(1922-2005)が(株)主婦の店ダイエーを設立し,大阪市旭区の京阪千林(せんばやし)駅前に100m2足らずの安売店を開業したことに始まる。次いで59年神戸の三宮に本格的スーパー第1号ともいえる三宮店を開店。その後日本経済の高度成長に伴う大量消費市場の形成とともに,メーカーの決めた価格より安く商品を売る薄利多売の同社は流通革命旗手として成長を続けた。毎年10店舗前後というハイピッチで店舗網を拡大した。最初は小さい店舗で薬品,化粧品,食料品を中心に販売していたが,やがて大規模な店舗と幅広い品ぞろえとなっていった。64年には東京に進出した。70年社名を(株)ダイエーと改称,72年には長い間小売業界トップの売上げを続けていた三越を抜きトップとなった。以降長くその地位を守り,80年には売上げ1兆円を超えた。積極的に事業の拡大をはかり,多くの小売業やホテル,外食産業などの関連企業を傘下に収めたが,90年代に入り消費不況が続くなかで98年2月期赤字に転落。中内社長退任(1999)の後,2004年から産業再生機構の支援下で経営再建中である。資本金565億円(2005年8月),売上高1兆8338億円(2005年2月期)。
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日本の企業がわかる事典2014-2015 「ダイエー」の解説

ダイエー

正式社名「株式会社ダイエー」。英文社名「The Daiei, Inc.」。卸売業。昭和32年(1957)「大栄薬品工業株式会社」設立。同34年(1959)「株式会社主婦の店」に改称。同37年(1962)「株式会社主婦の店ダイエー」に改称。同45年(1970)現在の社名に変更。本社は東京都江東区東陽。大手スーパーマーケット。丸紅イオンと資本・業務提携。東京証券取引所第1部上場。証券コード8263。

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デジタル大辞泉プラス 「ダイエー」の解説

ダイエー

株式会社ダイエーが展開するスーパーマーケットのチェーン。1957年、大阪府大阪市に「主婦の店・ダイエー薬局」としてオープン。以降、全国各地に出店している。イオングループ。

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