改訂新版 世界大百科事典 「ナス」の意味・わかりやすい解説
ナス (茄/茄子)
eggplant
Solanum melongena L.
ナス科の一年草(熱帯では多年草)で,ナスビともいう。果実を食用とする重要野菜である。インドの原産で熱帯から温帯地方に広く栽培される。中国での栽培はきわめて古く,《斉民要術》にすでに栽培,採種について記載されており,千数百年の歴史を有する。アラビア,北アフリカ地方には5世紀前後にペルシア人によって伝えられた。日本への渡来年代は不明であるが,最古の記録として,正倉院文書に〈天平勝宝2年(750)6月21日藍園茄子を進上したり〉とあり,また《延喜式》の記述内容からも,古くから栽培され重要な野菜であったと推定される。
木質化する茎は枝分れして高さ60~120cm。灰色の綿毛が生え,ときに少数のとげがある。花は普通単生であるが,品種により房状に2~3花つける。花色は紫。果形は卵形から長楕円形まで,なかには球形のものもある。果色は黒紫色のものが多いが,ほかに緑色,白色(熟すと黄色)もある。
ナスは古くから主要野菜として発達しただけに各地で栽培され,交雑採種も容易なことから,日本の各地域ごとに多くの地方品種ができあがった。これら地方品種で,はっきり区別できるものだけでも150以上ある。果形によって次のように分けられる。(1)丸ナス群 巾着(きんちやく),芹川(せりかわ)に代表される品種で,北陸地方,東山地方,京阪で栽培。(2)小丸ナス群 捥ぎ(もぎ),民田(みんでん)などの品種で,生育日数の短い東北,北海道で栽培。(3)卵形ナス群 千成(せんなり),真黒(しんくろ)などの品種で,関東で栽培。(4)中長ナス群 橘田(きつた),大市(おおいち)などで,関西,山陰,東海地方で栽培。(5)長ナス群 南部長(なんぶなが),大阪長(おおさかなが)などで,東北と関西以西で栽培。(6)大長ナス群 博多長,久留米長などで,九州で栽培。その他へたが緑色の米国大丸ナス,観賞用に作られるタマゴナスなどがある。ナスの一代雑種(F1)品種の育成は,日本では大正末期から実用化され,数多くの品種が育成されており,現在栽培されている品種の大部分は一代雑種である。おもな品種は千両,新早真,千両2号,黒陽などである。主産地は茨城,埼玉,群馬の各県で,促成栽培の盛んな地方は高知,福岡,熊本の各県である。
露地栽培は普通3月にまき,5月に定植し,収穫は6月から10月にかけて長期間行われる。開花後20~25日のものを収穫する。温暖な気候を好み,気温が低いと落花や不良果が発生するが,近年はホルモン剤の利用によって低温期の着果も容易となっている。青枯病など,土壌伝染性病害は,輪作や抵抗性台木の利用によって回避する。
果実100g中の成分は水分94.1g,糖質3.4g,タンパク質1.1g,脂質0.1g,灰分0.6g,ビタミンA23IU(国際単位),ビタミンB10.04mg,ビタミンB20.04mg,ビタミンC5mgである。果皮の色素はナスニンnasuninと呼ばれるアントシアンで,色素の本体はデルフィニジンdelphinidinである。この色素は鉄塩と青色の複塩を作りやすい。漬物に鉄釘やミョウバンを加えると鮮やかな青になるのはこのためである。果実は各種の漬物や煮食用に利用され,葉は粉末にして,沢庵(たくあん)漬にぬかに混ぜて利用される。
また,果汁やへた,茎,葉の煎汁などはいぼ,凍傷,にきびなどに外用として効がある。
執筆者:金目 武男
料理
奈良時代すでに蔬菜(そさい)として栽培され売買されてもいた。《延喜式》には,おもに〈醬漬(ひしおづけ)〉〈糟漬(かすづけ)〉〈荏裹(えづつみ)〉などの漬物にされていたこと,ならびに,その耕作についての規定が見られる。漬物,汁の実,煮物,揚物,あえ物,焼物と,きわめて利用範囲の広い野菜であるが,糖質をすこし含むのみで栄養的価値はほとんどない。しぎ焼といえば,いまではナスを油で焼いて練りみそをつけて仕上げるのが普通であるが,もともとは当然ながら野鳥のシギを用いたものであった。その変化は室町期の料理書《武家調味故実》に見える〈鴫壺(しぎつぼ)〉,同じ室町期の《庖丁聞書》の〈鴫壺焼〉,そして,江戸時代初期の《料理物語》の〈鴫やき〉の記事によって推移の跡をたどることができる。すなわち,鴫壺は漬けナスの中をくりぬき,そこにシギの肉をつめて煮るものであった。しかし,鴫壺焼になると焼きナスの上に木の枝でシギの頭を作ってのせて出す料理になり,《料理物語》の鴫やきはナスをゆでて適宜に切り,サンショウみそをつけて焼くことになっている。油とみそを使う現在のものはその後の変化である。
執筆者:松本 仲子
医術
《医心方》の五菜部に茄子(なすび)が挙げられ,《崔禹錫(さいうせき)食経》からの抄録がある。それには〈小毒があるが,食べると皮膚に張りを与え,気力をつける。脚の病気の人は苗や葉の煎汁に脚をひたすと毒気が除かれ,たいそう効きめがある〉と記されているが,漢代の《神農黄帝食禁七巻経》には〈多食すれば陽を損ずる〉とある。なお,しもやけの治療には,根や茎,葉を枯らして煎じ,これに患部を漬ける処方などもあった。
執筆者:槙 佐知子
ナス科Solanaceae(英名nightshade)
双子葉植物,合弁花類。胚分化や胚乳形成の特徴などからリンドウ科やヒルガオ科に近縁とみなされている。ナス,トマト,タバコ,ペチュニアなどを含み,全世界に約90属2000種がある。一年草または多年草,まれに低木または小高木となる。葉は互生し,通常単葉。托葉はない。花は両性花,通常放射相称で5数性。葉腋(ようえき)に単生するか腋生または頂生の集散花序につく。花序の軸はしばしば茎と合着し,節間や葉と対生の位置から花序が出ているように見える。子房は上位で普通2室。果実は液果または蒴果(さくか)で,中に多数の小さな種子を含む。胚が種子の中で著しく湾曲している群(ナス連,チョウセンアサガオ連など)と,胚が種子の中でほぼまっすぐな群(タバコ連)の二つの系統がある。
美しい花をもち,観賞用に栽培されるものにペチュニア,バンマツリなどがある。またフユサンゴ,ルリヤナギ,ホオズキなどは果実を観賞するために栽培される。ナス科の果実には食用に利用されるものがあり,ナス,トマト,トウガラシ,ピーマンなどはその例である。トウガラシの果実は香辛料として利用される。ジャガイモはナス,トマトと同じナス属で,塊茎を食用とする。最近では細胞融合技術を用いて,トマトとジャガイモの体細胞雑種(ポマトまたはトテト)が作り出されている。タバコはタバコ製品の原料として用いられる。タバコ属の種はいずれも植物体に高濃度のアルカロイドのニコチンを含み,殺虫剤の原料としても利用される。ナス科にはアルカロイド含有植物が多く,とくにヒヨス,ベラドンナ,チョウセンアサガオ,マンドラゴラ,ハシリドコロなどは毒性が強いことで有名である。これらはいずれも薬用植物として利用される。ナス科で薬用とされるものには,他にクコ,イヌホオズキなどがある。
執筆者:矢原 徹一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報