ナレッジマネジメント(読み)なれっじまねじめんと(英語表記)knowledge management

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ナレッジマネジメント」の意味・わかりやすい解説

ナレッジマネジメント
なれっじまねじめんと
knowledge management

ナレッジマネジメントとは、企業活動にかかわる個々の知識や知識資産を組織的に集結、共有することで効率を高めたり価値を生み出すこと、そして、そのための仕組みづくりを行うことである。「知識管理」とも「知識経営」とも訳せるが、知識を経営活動においてよりよく生かすという意味で知識経営が本質とみるべきである。

[紺野 登]

知識経営としてのナレッジマネジメント

アメリカの経済学者F・マハルプ(1902―83)は、すでに1960年代に、経済の中心が重工業から、知識産業(教育、通信、研究開発、出版印刷、情報機器など)へ移行することを予測したが、P・ドラッカーは『ポスト資本主義社会』(1993)で、知識だけが意味ある資源だと論じ、より明確に知識社会の到来を指摘した。著しい技術変化、スピード経営、ナレッジワーカー(知識資産を有し、あるいは創造して経済的価値を生産する人々)の台頭、など変化の要因が企業を取り巻いている。そこでは、いかに組織的に知を効果的、効率的に共有し、いち早く顧客の知っていることを知り、イノベーション(技術革新)など新たな知識を創造できるか、といった知力や、生み出された知識が価値の源泉となる。一方、1980年代以降、企業の内部資源についての認識が高まっていた。コア・コンピタンス(他社に模倣できない企業の中核的能力)や学習組織などの概念である。背後にはアメリカ企業の不振、日本的経営の成功があった。アメリカでは大胆なリストラクチャリングにもかかわらず、結果的に企業は競争力を失うという現象がおこった。人がもつ知識、技術、経験などの内部資源が流出したのである。こうした経緯が積極的にナレッジマネジメントを受け入れる素地となった。

[紺野 登]

ナレッジマネジメント導入企業

先行事例には、アメリカのIBMゼロックスなど情報産業や、会計事務所、コンサルティング会社、北欧のスカンディア保険、日本では富士ゼロックスエーザイなどがある。業種は、製薬、ソフトウェアテレコミュニケーション、消費財など多岐にわたる。多くはナレッジマネジメントを単に経営改善に用いず、競争力や革新に直結するものと認識している。

 ナレッジマネジメントは知識の組織的共有、継承、社員能力向上など基盤能力向上とともに、顧客満足度向上やソリューション型業務(顧客の経営課題を技術とサービスを通じて解決するビジネス)への移行をねらいに導入されている。戦略的な対象としては、イノベーション、チェンジ・マネジメント、知識共有によるスピード経営、知的財産戦略、顧客焦点の経営などがあげられる。具体的活動としては、知識共有を目的とした情報技術活用(ナレッジ・ポータル(ナレッジワーカーが必要な知識情報を一元的に管理、活用できるようにするシステム)、ノウフー・ネット(必要な知識をだれに尋ねるかの個人プロファイルとネットワーキングの仕組み)、ナレッジ・ベース(組織が定義したナレッジマップに沿って知識情報を活用可能にするデータベース)など)、社内の場づくりや教育学習、ナレッジワーカーに対応した人事政策、リーダーシップ・プログラム、内外のベストプラクティス(先進企業における業務モデルや事例)移転のためのベンチマーキング(ベストプラクティスを体系的に学習、評価する手法)などがある。

[紺野 登]

知識創造と知識資産のダイナミクス

一方、知識共有をねらったナレッジマネジメントが、IT(情報技術)システム構築に還元されてしまうという失敗や批判が指摘されているが、要は知識創造と知識資産の活用のダイナミクスにある。

 「知識」は主観的で語り得ない暗黙知と客観的で言語化された形式知に分類できる。個や集団に属する暗黙知をいかに共有可能な形式知に変換するかはナレッジマネジメントの課題である。さらに重要なのは組織的知識創造(organizational knowledge creation)である。知識創造プロセスは暗黙知と形式知の相互変換プロセスを通じた知識の質的・量的なスパイラル(発展)であり、共同化(socialization暗黙知から新たに暗黙知を生む)、表出化(externalization暗黙知から形式知を生む)、連結化(combination形式知から形式知を生む)、内面化(internalization形式知から暗黙知を生む)という四つのプロセスからなる(野中郁次郎 1990)。

 今日の企業の経済的価値はもはや物的資産だけでは測れない。重要なのは、企業の知力や経験知、商品開発などのノウハウといった知識資産である。従来、知識は一般企業会計原則や商法上の枠組みでは資産と認識されなかったが、こうした認識は変わりつつある。知識資産は、市場、組織、製品にかかわる構造的分類や、経験的、概念的、定型的、常設的といった機能的分類で把握し、記述できる。ナレッジマネジメントにおいては、いかに既存の知識資産を有効に共有、活用し、新たな知識創造を行うか、その仕組みづくりが中核となる。

[紺野 登]

ナレッジマネジメント実践の要件

実践においては下記の要件があげられる。(1)知識戦略の構築、すなわち知識による便益を明らかにしたり、活動を促すビジョンをつくりだすこと。(2)知識資産マップ(ナレッジマップ)。現在から将来にわたる知識資産を把握することで、経営や事業の方向性と結びつけることがねらいである。(3)ナレッジ・リーダーシップの発現。成功の必要条件であるトップのビジョン、推進組織の設置、障壁となるアッパーミドル層の意識改革や啓蒙が含まれる。(4)「場」の創出。これは物理的場所だけでなく、ネット上の場など、人々の間で共有されている脈絡や状況、場面、関係性を意味している。知識は無形、不可視のため、「場」を介して視覚化したり、適時適所で活用しなければ価値を生み出さない。組織横断的な知識共有、創造の場としてのコミュニティ・オブ・プラクティス(実践の共同体)などの概念が重要視されている。(5)時系列的な展開シナリオや、インセンティブ(実質より象徴的報奨が有意義)の仕組みなど、ナレッジマネジメントを経営のスキームに組み込むことが肝要である。

[紺野 登]

『野中郁次郎著『知識創造の経営 日本企業のエピステモロジー』(1990・日本経済新聞社)』『野中郁次郎・竹内弘高著『知識創造企業』(1995・東洋経済新報社)』『紺野登・野中郁次郎著『知力経営』(1995・日本経済新聞社)』『紺野登・野中郁次郎著『知識経営のすすめ――ナレッジマネジメントとその時代』(2000・ちくま新書・筑摩書房)』『紺野登著『知識資産の経営』(1998・日本経済新聞社)』『紺野登著『ビジュアル ナレッジマネジメント入門』(2002・日本経済新聞社)』『リーフ・エドビンソン他著『インテレクチュアル・キャピタル―企業の知力を測るナレッジ・マネジメントの新財務指標』(1999・日本能率協会マネジメントセンター)』『P・F・ドラッカー著『明日を支配するもの――21世紀のマネジメント革命』(1999・ダイヤモンド社)』『妹尾大他著『知識経営実践論』(2001・白桃書房)』『T・H・ダベンポート他著『ワーキング・ナレッジ――「知」を活かす経営』(2001・生産性出版)』『日経連出版部編・刊『ニュー人事シリーズ ナレッジマネジメント事例集――知を活かす10の経営システム』(2001)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

図書館情報学用語辞典 第5版 「ナレッジマネジメント」の解説

ナレッジマネジメント

人間の頭の中に存在する知識,知恵,ノウハウ情報などの暗黙知を,組織として共有できる形式知として集結し,新しい情報技術を導入して組織内ではいつでもどこからでも誰でもがすばやく必要な情報を取り出して活用できる状態にすること,およびその仕組みを作ること.これによって,暗黙知から形式知,さらにまた暗黙知へとスパイラル状に新しい知識の共有・創造が実現し,その結果,組織は効率を高めるとともに,新たな価値を作り出すことができる.

出典 図書館情報学用語辞典 第4版図書館情報学用語辞典 第5版について 情報

知恵蔵 「ナレッジマネジメント」の解説

ナレッジマネジメント

ヒト、カネ、モノ、情報の4つを経営資源という。このうち知識を含む情報資源は同時多重利用可能という性格を持つ。また、他の資源をいかに効果的に活用できるかも情報資源の活用次第である。この知識は形式知(言葉や数式などで表せる客観的な知識)と暗黙知(言葉や数式などでは表せない主観的な知識)、あるいは組織知と個人知に分けられるが、暗黙知や個人知を集約し、形式知や組織知に転換・拡大していくことで、価値創出力を引き上げていこうとするのがナレッジマネジメントである。

(高橋宏幸 中央大学教授 / 2007年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

人事労務用語辞典 「ナレッジマネジメント」の解説

ナレッジマネジメント

企業の知識資産を全社的に管理・共有し、新たな意思決定や行動に生かす経営手法のことで、「知識管理」「知識経営」とも訳されます。社内外の情報や社員の経験・ノウハウなどを集積、共有化し、新しい知識の創造を促します。
(2008/3/17掲載)

出典 『日本の人事部』人事労務用語辞典について 情報

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