パンゲルマン主義(読み)パンゲルマンしゅぎ(英語表記)Pan-Germanism

改訂新版 世界大百科事典 「パンゲルマン主義」の意味・わかりやすい解説

パン・ゲルマン主義 (パンゲルマンしゅぎ)
Pan-Germanism

ドイツ民族至上主義の立場から,ドイツ系民族の統合を図ろうとする思想,運動,政策総称。ただし,この用語はイギリス,フランスなどドイツ以外の国々で使われ,ドイツ語圏では全ドイツ主義Alldeutschtum,全ドイツ運動の語が一般的である。理念的には19世紀前半のドイツ統一運動にその根を持つが,人種論的立場を採った運動体としては1880年代以降に成立した。これは二つの系列として現れ,一つは,ハプスブルク帝国オーストリア・ハンガリー二重帝国)下でドイツ系住民を基盤とするシェーネラーGeorg von Schönerer(1842-1921)を指導者とする運動で,スラブ系諸民族の台頭やユダヤ人の進出に反対しドイツ民族の優位を説いて,帝国の解体とドイツとの合体を掲げるもので,青年期のヒトラーに影響を与えたことで知られる。もう一つは,1890年ごろドイツに現れ,94年に形を整えた全ドイツ連盟Alldeutscher Verbandをその中心的担い手とする運動である。狭義には,パン・ゲルマン主義はこの系列を指すことが多い。

 全ドイツ連盟はドイツ民族の人種的優秀性を前提として,対外的には力による世界政策の推進,とくに植民地帝国建設と中欧の統合を唱え,ドイツの世界強国化によって国外在住のドイツ人をまとめあげ,内政面ではポーランド人,ユダヤ人の排除,社会主義運動の抑圧によって民族共同体の強化を目ざした。大衆組織ではなかったが,教養ブルジョア層,中間層に基盤を持ち,他の国粋団体と連携して世論形成に少なからぬ役割を果たした。第1次大戦中,軍部・経済界と協力して併合論者の先頭に立ち,ワイマール共和国期にも反民主主義の立場から共和制の倒崩を画策したが,1939年に解散した。全ドイツ連盟をはじめ両系列の人種論的反ユダヤ主義(アンチ・セミティズム),ドイツ拡張論などの主要な思想や主張はほとんどがナチズムの中に取り入れられている。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のパンゲルマン主義の言及

【チェンバレン】より

…のちバイロイトに居を移し,ワーグナーの娘エバと再婚,1916年にはドイツに帰化した。主著《19世紀の諸基盤》2巻(1899)で一種の人種主義的歴史哲学を展開したが,それは,J.A.deゴビノーの学説に負いながらアーリヤ人が未来のヨーロッパを担う真の文化創造力を持った人種だとするもので,第1次世界大戦に際してはドイツによるゲルマン民族圏の征覇を求めるパン・ゲルマン主義の主張となった。その人種主義はナチズムの思想的基盤となった。…

【ドイツ】より

…しかしこれら一連の政策は,それまで帝制の支柱として保護されてきた農業界の不安と反発を呼び,ユンカーの主導下に広範な農民層を結集した農業者同盟や,バイエルンの農民同盟など,農本主義的な運動がくりひろげられることとなる。
[ドイツ・ナショナリズムの帝国主義への傾斜]
 他方,全ドイツ連盟を中心とする帝国主義的ナショナリズムの運動(パン・ゲルマン主義)は,ドイツの世界経済への進出にともないドイツが世界強国として発展することをめざすものであり,なかでも艦隊協会は,皇帝ウィルヘルム2世,海相ティルピッツらの〈世界政策〉と相呼応しつつ,工業界と都市中間層を広く結集して発展した。こうした中で,世紀の変り目ころから,高度保護関税と艦隊建設とを軸とした〈結集政策〉が展開されるが,それは,いっそうの発展を遂げる社会主義労働運動に対抗して〈穀物と鉄〉の同盟を再編成するとともに,農本主義的ないし全ドイツ主義的な諸運動に結集した広範な中間層を体制へと統合して,帝国主義的世界政策の基盤を確保しようとするものであった。…

※「パンゲルマン主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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