ノルウェー系のアメリカの経済学者で,制度学派の創始者。ウィスコンシン州の片田舎カトーに生まれ,ジョンズ・ホプキンズ大学,イェール大学で哲学,人類学,社会学,経済学を学んだ。その後シカゴ大学,スタンフォード大学などで教える。
ベブレンのいう〈制度〉とは慣習の体系のことであって,また〈慣習〉とはいろいろの象徴的な意味が社会的に共有され定型化されたもののことである。この意味での制度が歴史的に生成し,発展し,瓦解していく過程を,おもに進化論的な見地に立って叙述したのがベブレンの仕事であり,その代表的なものとして《有閑階級の理論》と《営利企業の理論》とがある。ベブレンの主張のうちで最も重要なものは本能instinctと制度institutionの二元論である。たとえば,製作者本能workmanshipという正価値をもった本能が,衒示(げんじ)的消費conspicuous consumptionという負価値をもった制度と対比させられるのである。彼にとって文明の制度は,未開状態にみられたはずの人間の善なる性質を堕落させるという意味で,野蛮なものであった。
制度に対する批判・解釈をくり広げるベブレンの著述は,制度を所与のものとして扱ったり,さらには制度に対する弁護論を提供したりするような既成の社会科学,とくに経済学に対する批判・解釈でもあった。またそれは,南北戦争から大恐慌のあいだに激しい勢いで確立されていったアメリカ風の産業文明に対する批判・解釈でもあった。そのために彼は,経済学界をはじめとする既成権威への反逆者とみなされ,彼自身もそうした役割をすすんで担いつづけた。その意味でベブレンの仕事は学問の領域をこえた思想運動であったということができる。
ベブレンの論述の基本的な性格は,記号論的な視角からする歴史解釈学なのであるが,当時において記号論や解釈学が未発達であったという事情もあり,論理的には未熟な段階にとどまっている。比喩的な修辞法に頼りながら,広範な分野の知識を断片的に盛りこんでいくというのが,その文体である。また,難解な語彙をふんだんにちりばめたせいもあって,そのまれにみる該博な知識は,《有閑階級の理論》を例外として,学界および世間に広く受け入れられはしなかった。それに,いささか奇矯な個人的言動も加わって,結局,ベブレンは不遇な人生を送ったとみなされているが,そのことがかえってベブレンをして伝説的存在たらしめているようである。
執筆者:西部 邁
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…たとえば,きわめて高価な商品を社会的威信をうるために消費するような現象がそれにあたる。T.ベブレンが《有閑階級の理論》(1899)でこうした種類の消費を論じたことにちなみ,〈ベブレン効果Veblen effect〉ともよばれる。ベブレンによれば,上層階級は生活維持のための労働を免れており,政治,軍事,宗教,スポーツあるいは学問などの活動にもっぱら従事する。…
…アメリカにおいて19世紀末から20世紀初頭にかけて,T.ベブレンを先頭にして形成された経済学の学派をさす。1870年代以降,アメリカ経済は,活発な技術進歩と南西部の広大な国内市場とを背景にして,とくに工業部門で急激な成長期にあったが,同時に,新たに多様な社会問題をも発生させた。…
…能率と公正がその基本理念であった。 テクノクラシーの思想をはじめて体系的なかたちで述べたのは,アメリカの社会学者T.ベブレンである。ベブレンは1921年,《技術者と価格制度》という小冊子を発表し,産業全体の運営権を,利己的な目先の金もうけにしか関心がない実業家の手から,能率的・合理的思考を身につけ,勤勉で,全体の利益を重んずる技術者の手へと,移すべきであると述べた。…
…分析に対する総合の観点,静態的世界観に対する動態的世界観,個人を孤立させてとらえるのでなくそれを社会との相互関係においてとらえる見方,歴史学派を特徴づけるこのような要素は社会科学においてはやはり重要である。T.ベブレンは歴史学派の影響を受けそれを理論面で修正発展させた数少ない経済学者の一人であるが,彼が歴史学派から受け継いだのはまさにこれらの要素であった。彼もやはり古典派や新古典派の静態的な経済社会理論を手厳しく批判する。…
※「ベブレン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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