マツムシ(読み)まつむし

日本大百科全書(ニッポニカ) 「マツムシ」の意味・わかりやすい解説

マツムシ
まつむし / 松虫
[学] Xenogryllus marmoratus

昆虫綱直翅(ちょくし)目マツムシ科に属する昆虫。チンチロリンという雄の鳴き声が愛らしいので、リーンリーンと鳴くスズムシとともに親しまれてきたコオロギ類の1種。ススキのあるような明るい草原を好み、明るい褐色の体長23ミリメートル内外の虫。本州以南の地にみられる。

[山崎柄根]

形態

細長い舟形の体形で、雄の前翅は発音器が発達するため、雌よりやや幅広い。頭部は小さく、触角は細い。後頭部に黄褐色の縞(しま)がある。前胸背板は頭部とほぼ同大同幅で、背面中央縦に褐色の太い帯が走る。雄の前翅はやや透明で、数個の黒褐色の斑点(はんてん)がみられる。前翅は側方へ折れ曲がり、腹部を側方から覆っている。その折れ曲がったあたりに黒褐色の線が走っている。雌の翅脈は単純。前中肢はやや短く太めで、一方、後肢はよく発達していて長い。全体にスズムシよりは頑丈な体つきをしている。雌の産卵管は槍(やり)状で、後腿節(こうたいせつ)とほぼ同じ長さである。

[山崎柄根]

生態

体色が枯れ草色であるため、草の根際(ねぎわ)にすむこの種を野外でみつけるのはなかなかむずかしい。成虫は8~11月にみられ、ススキなどの根際の地面から20センチメートルほどの位置に止まって生活する。雄は夕刻よりチンチロチンチロと鳴き、ときにチンチロリンというようにも鳴く。卵で越冬し、年1化性。

[山崎柄根]

飼育

鳴き声だけを楽しむには、野外からとってきたもの、または夜店などで入手した雄成虫を虫籠(むしかご)に入れておけばよい。餌(えさ)はキュウリやナスでよく、また堅くない煮干しなども入れておく。直射日光には当てないようにする。本種を家庭で飼って繁殖させるということは、ほとんどされないが、産卵はススキの茎に行うこと、孵化(ふか)したての幼虫は草の枯れ葉を食べることなどに注意すれば、スズムシの飼育の要領で飼うことも可能である。

[山崎柄根]

文学

松虫が文学作品に登場するのは平安時代からだが、松虫と鈴虫の呼称は古今で逆転しているといわれる。『花月草紙(かげつそうし)』に、「今ここにては黒きを鈴虫といひ、柿(かき)の核(さね)のごとなるを松虫といへど、もとはりんりんと鳴くは松にて、ちんちろりんと鳴くは鈴なるを、誤りにけりともいふ」とある。『後撰集(ごせんしゅう)』の「秋風のやや吹きしけば夜を寒みわびしき声に松虫ぞ鳴く」(秋上)は、悲しい秋の到来をかたどっており、『拾遺集(しゅういしゅう)』の「千歳(ちとせ)とぞ草むらごとに聞こゆなるこや松虫の声にはあるらむ」(賀・平兼盛(かねもり))は、鳴き声を「ちとせ」と聞いたものであろう。季題は秋、「松虫や素湯(さゆ)もちんちんちろりんと」(一茶)。

[小町谷照彦]


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改訂新版 世界大百科事典 「マツムシ」の意味・わかりやすい解説

マツムシ (松虫)
Xenogryllus marmoratus

淡褐色をした中型のコオロギの1種。スズムシとともに鳴く虫の代表として古くから親しまれてきた虫。別名チンチロリン。草の根際にすむ。直翅目マツムシ科Eneopteridaeの昆虫。東南アジアに広く分布し,日本では本州までいる。体長22~25mm。頭部は小さく,前胸背板の前縁と同じ幅。頭頂は丸みを帯び,触角は細い。眼は小さく,丸く突き出ている。後頭部に黄褐色のしまがある。前胸背板は小さく,後縁に向かってやや幅広となり,その背面中央部に太い褐色の縦帯がある。雄の前翅はやや透き通っており,数個の小さい黒褐色の斑点がある。亜前縁脈から前方は体の側方部をおおい,平行に約18本の横脈が走っている。雄の前翅の発音器はよく発達し,翅の形から雄は静止時その全形が舟形に見える。雌の前翅は単純で,雄同様腹部をおおうが,静止時の全形はよりほっそりとしている。前・中肢は短く,一方,後肢は細めで長い跳躍肢となっている。雄の亜生殖板は浅く切れこんでおり,雌の産卵管は槍状で,後肢腿節とほぼ等しい長さである。

 成虫は8~11月に出現し,南へいくほど遅くまで見られる。雑木林の縁や河原に近いススキ群落や海岸近くの背の高い草原などに多く見られる。雄は日没後チン・チンチロ,チン・チンチロ,個体によってはチン・チロリンというように高い声で鳴く。本州では卵越冬,年1回の発生。

 平安文学にしばしば登場する〈すずむし〉は本種のことで,現在のスズムシのことは当時,その鳴声が松籟に似ることから,〈松虫〉と呼んでいた。その後,名称と実体とが入れかわり今日に至っている。
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知恵蔵mini 「マツムシ」の解説

マツムシ

バッタ目コオロギ科に属する昆虫。「枕草子」で紹介され唱歌「虫のこえ」にも登場する秋に鳴く虫として知られる。成虫は体長約17ミリメートル、翅(はね)を含めると20~30ミリメートルで、体色は淡黄褐色。卵で越冬し、成虫は8月中頃から10月頃にみられる。九州、四国、本州に分布し、栃木県が北限となっている。2015年10月現在、東京都のレッドデータブックで「絶滅危惧1種」に指定されている他、埼玉県で「準絶滅危惧」、茨城県で「希少種」、群馬県で「絶滅危惧1類」に指定されるなど、関東圏では特に数が少なくなっている。

(2015-10-21)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マツムシ」の意味・わかりやすい解説

マツムシ
Xenogryllus marmoratus

直翅目マツムシ科。体長 22~25mm。体は淡黄褐色で,前胸背中央に褐色の縦条がある。頭部は小さく,触角は糸状で長い。雄の前翅はやや透明で翅脈はあらい。前肢と中肢は短く太めだが,後肢は長い。産卵管は後肢腿節と同長。雄は「ちんちろりん」と鳴く。成虫は8~11月にみられる。関東地方以西の日本全土,中国,東南アジアに分布する。古名のスズムシは本種である。 (→直翅類 )

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百科事典マイペディア 「マツムシ」の意味・わかりやすい解説

マツムシ

直翅(ちょくし)目コオロギ科の昆虫の1種。関東地方以西の暖地,琉球,台湾に分布。体長(翅端まで)24mm内外,淡褐色,扁平で後肢が長い。年1回8月下旬〜10月上旬に発生,草むらの根ぎわにすみ,チンチロリンと美しい声で鳴く。卵は雑草などの根ぎわに産みつけられ,卵で越冬する。

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世界大百科事典(旧版)内のマツムシの言及

【ハルゼミ(春蟬)】より

…半翅目セミ科の昆虫。マツに限ってすむことからマツゼミ,マツムシとも呼ばれる。その名のとおり,日本本土ではもっとも早く,春に出現する。…

※「マツムシ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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