ヨットレース(読み)よっとれーす(英語表記)yacht race

翻訳|yacht race

精選版 日本国語大辞典 「ヨットレース」の意味・読み・例文・類語

ヨット‐レース

〘名〙 (yacht race) ヨットによる競走。定められたコースを、もっとも少ない時間で走り終わった艇を勝者とする競技。艇の大きさで種々のクラスに分類される。オリンピックのほか、アメリカズ‐カップに代表されるオーシャン(外洋)レースがある。自然現象に支配されるので、競技会では一回のレースで成績を決めず、数回の連続したレースを行ない、各回の得点を合計して成績を決定するのが普通である。ヨット競技

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デジタル大辞泉 「ヨットレース」の意味・読み・例文・類語

ヨット‐レース(yacht race)

ヨットで所定の区間を走行し、その時間を競うスポーツ。艇の大きさでクラス分けされる。オリンピックのほか、アメリカズカップに代表されるオーシャン(外洋)レースがある。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヨットレース」の意味・わかりやすい解説

ヨットレース
よっとれーす
yacht race

ヨットによる競走。ヨッティングの楽しみの一つである。なお、オリンピックや国民体育大会などでは、ヨットとウィンドサーフィンの種目をあわせてセーリング競技と称している(2024年オリンピック・パリ大会からは、大型艇による外洋レースと、凧(たこ)とボードを使うカイトボードが含まれる予定)が、ここではヨットを使用する競技についてのみ解説する。「ウィンドサーフィン」「セーリング競技」については、それぞれの項目を参照のこと。

[小沢吉太郎・米澤 一・柴沼克己 2019年4月16日]

歴史

ヨッティング

1660年イギリスのチャールズ2世即位の祝いに、オランダからヤハトjaghtが贈られたが、英語ではyachtと書かれ、ヨットとよばれるようになり、「帆をもつ娯楽艇」pleasure boat with sailと説明された。チャールズ2世は、在位の間に26隻のヨットを建造させ、イギリス軍艦の改造などに役だてようとしたが、帆走(セーリング)競技としてのレースも行った。1661年10月1日、弟のヨーク公(後のジェームズ2世)と100ポンドの賞金を賭(か)けて、グリニジとグレーブゼンド間の往復レースを行い、王の勝利に終わったという記録があり、これが最初のヨットレースとされている。

 ヨットに乗ることをヨッティングといい、その楽しみの主目的は海に親しむことであるが、(1)セーリングsailing、(2)クルージングcruising、(3)クラブ・ライフ、(4)レーシングracingなども楽しみとなってくる。乗り物が二つ以上並ぶと、大きさや型が異なっていても、走り競(くら)べたくなるもので、レーシングは他の楽しみを超えて、しばしば行われるようになった。

 日本にヨットがいつごろ渡来したかは明らかでない。1864年(元治1)原版、1868年(慶応4)再版の一川芳員(いっせんよしかず)(歌川(うたがわ)芳員)画『横浜明細図』と1868年版の若林良(わかばやしりょう)(若林秀岳(しゅうがく))画『開港神戸之図』に一見それとわかるヨットの絵があるところから、幕末から明治の初めにすでに外国人によって持ち込まれていたことがわかる。

 1882年(明治15)には現在の横浜市山下公園の一角に横浜ヨットクラブの前身である外国人クラブが設立された。

 日本人が初めてセーリング・ヨットをもったのは、1907年に森田造船所で建造した艇「あさじ」を所有した横浜の人のようである。三菱(みつびし)造船の小野暢三(おのちょうぞう)(1885―1984)が1910年(明治43)長崎の三菱造船所で12フィートのヨットを注文し、長崎湾で帆走していた事実は記述されている(小野暢三著『ふねと私』)。その後1917年(大正6)には徐々に自分たちのヨットをもつ人が現れてきた。神奈川県葉山海岸では1921年ごろから慶応義塾大学水泳部がヨッティングを行うようになったのをはじめ、ぼつぼつと日本人がヨットに乗るようになった。その後しだいに各地でヨットに関心が高まり、琵琶(びわ)湖、大阪湾、福岡、名古屋などにセーリング同好者のグループによる組織ができた。これらの者が集まって1932年(昭和7)11月、日本ヨット協会Japan Yachting Association(JYA)を創立した。また、1954年(昭和29)には外洋艇の人々だけのグループが日本ヨット協会から分離して、ニッポン・オーシャン・レーシング・クラブNippon Ocean Racing Club(NORC)を発足させた(1964年日本外洋帆走協会に改組されたが、略称はNORCのまま)。その後、両団体はおのおの独自に事業を行っていたが、艇種は大小異なっていても水面上でセーリングを行う点ではまったく共通であったため、1978年ごろから両者統合に向けて話し合いを重ね、両団体は1999年(平成11)に統合、日本セーリング連盟Japan Sailing Federation(JSAF)となった。

[小沢吉太郎・米澤 一・柴沼克己 2019年4月16日]

レース形式の変遷

〔1〕艇について 初期のヨットレースは、艇の大きさや帆面積の違いなどを問題にすることなく行われた。しかし、それでは勝つ艇はおのずと決まってしまい、そこでハンディキャップをつけることが考えられるようになる。19世紀なかばごろから、艇をレーティング(等級)で区分し、その級ごとに理論スピードを算定、それによってハンディキャップを決めるようになった。このような艇をレストリクテッド・クラス(規格級)艇という。こうしてハンディキャップ制によるレースが盛んになった。しかし、この傾向も第二次世界大戦前までで、以後は経済的理由も加わって、同一設計、同一仕様の艇(モノタイプ=単一型、またはワンデザイン=単一設計)でのレースが圧倒的に多くなった。モノタイプ級の出現は、艇の量産を可能にして値段を下げ、ヨットの普及を促した。いまや小型モノタイプ・ヨットは、地球上に500種を超えている。なお、1960年代からの小型艇の傾向として、艇のスタビリティ(安定性)を人の体力で補うアクロバティック・タイプの艇が増えている。

〔2〕レース・コースについて 初めは岬や島などを回航する自然を利用したコースによってレースをしていたが、小型艇のレースが盛んになるにつれ、外洋レース以外は通常、風上、風下、サイド(ウィング)に、3個かそれ以上のマーク(ブイbuoyまたは浮標(ふひょう))を設置し、これを回航するコースで行われるようになった。(1)風上に向かってスタートする、(2)マーク回航時の反則を少なくする、(3)操艇技術駆使の機会を多くする、などをねらったもので、三角(トライアングル)コースや上下(かみしも)(ソーセージ)コースが設定された。これは競技者が実力を十分発揮するのに適切なコースであった。

 その後、あまりヨットのことを知らない観戦者にもレースの状況がわかりやすいように、従来のコースにとらわれず、台形(トラペゾイド)型の短めのコースが設定されるようになった。レースの回数を多くし、またなるべく見やすいように岸辺に近づけるなど、見る人たちも楽しめるような、時代に応じたコースも少なからず採用されるようになり、オリンピックや国民体育大会など、このようなコースを用いるレースが増えてきている。

〔3〕大型艇のレースについて 大型艇のレースのあり方は、多様化している。代表的なものとして、ボルボ・オーシャンレースのような世界一周レース、トランスパックレースのような太平洋横断ヨットレース、メルボルン大阪ダブルハンドヨットレースのような大洋縦断レースなどがある。また国内レースでは、国内最長距離の外洋レースであり数日間かけて行われる沖縄-東海ヨットレース、長い歴史を誇る2日間にわたる大島レースのような島回りレースなどがある。一方で、2000年ごろから多くなってきたのが1日(日中)で終了するブイ回りのレースである。それは、小型艇のレースのように海面に設置されたマーク、あるいはマーク以外の目標物を回航または通過するレースで、1回のみの大会開催もシリーズで行う場合もある。また、毎年開催される外洋艇の日本選手権大会であるジャパンカップJAPAN CUPのように、いろいろなレース形式を複合してシリーズとして行うこともある。ヨット界最大の国際レースであるアメリカズ・カップのような1艇対1艇のマッチ・レースもある。なお、2024年に開催されるオリンピック・パリ大会では、外洋レースがセーリング競技に加わることになった。

[小沢吉太郎・米澤 一・柴沼克己 2019年4月16日]

レースの方法とコース

現在小型艇で用いられているレースの形式は、同一の艇が定められた時間に風上に設定されたマークに向かい一斉にスタートし、規定されたコースを回航または通過し、フィニッシュしてレースは完了する「フリートレース」が多く用いられている。コースは、オリンピックで採用されているトラペゾイドコースとソーセージコースが多い。トライアングルコースも単独艇種のレースでよく用いられている。コースが異なるいずれの場合でも、艇に反則等がなければ着順によって得点が与えられる。フリートレース以外にも2艇が1対1で競う「マッチ・レース」、クラブやチームの対抗レースとして、各チーム3艇または4艇での総合得点を争う「チーム・レース」もある。

 得点はとくに規定されていない限り、オリンピック、ワールドカップ、世界選手権大会を含めて低得点法が用いられる。1位1点、2位2点、3位3点、以下フィニッシュの順位をそのまま得点とする方式で、合計得点のもっとも低い艇が優勝となる。なおオリンピックおよびワールドカップ等では予選シリーズ上位10艇による得点を2倍とするメダルレース(決勝レース)が行われて優勝が争われる。

 大型艇のレースのスタート方法も基本的には小型艇と同じであるが、かならずしも風上方向へのスタート(クロースホールドでのスタート)とならない場合もある。得点は、着順ではなく所要時間をハンディキャップまたはレーティングに応じて計算された修正時間の順位より与えられる。

[小沢吉太郎・米澤 一・柴沼克己 2019年4月16日]

組織と運営

ワールドセーリング

ワールドセーリングWorld Sailingは世界のセーリング競技を統括する競技団体で、国際オリンピック委員会(IOC)にセーリング界を代表する団体として公式に認められている。1907年の創立当初は国際ヨット競技連合International Yacht Racing Union(IYRU)と称していたが、1996年に国際セーリング連盟International Sailing Federation(ISAF)に変更。2015年に再度その名称を変更して「ワールドセーリング」とした。事務局はイギリスのロンドンにある。

 2018年時点で、世界145の国と地域が加盟しており、オリンピック艇種を含む116艇種(クラス)と、5地域の加盟大陸連盟、国際無線操縦艇協会を含む5公認団体を内包し、オリンピック、ワールドカップ、世界選手権大会等の国際的ヨット競技会の主催などセーリング・スポーツを統轄している。

[小沢吉太郎・米澤 一・柴沼克己 2019年4月16日]

レースの運営

レースは、そのレースの主催者が任命するレース委員会がセーリング競技規則に従って運営する。レース中の艇の規則違反またはレース委員会もしくは主催団体等の不適切な処置等については、通常の場合、主催団体等により任命されたプロテスト委員会による審問のうえ、判決が下され、レースは公平・公正に運営されることになる。プロテスト委員会の判決に不服がある場合、要件が整えば一般的には、審問の再開を要求する、または上訴委員会(日本国内のレースでは日本セーリング連盟最高審判委員会)へ上告することができる。ただし、上告を否認された特別な大会およびインターナショナル・ジュリー(国際審判団)の判決については最終であり上告はできない。

[小沢吉太郎・米澤 一・柴沼克己 2019年4月16日]

競技規則

競技規則はワールドセーリングが制定・管理しており、世界各国どこでもこの規則に従って競技が実施されている。その管理は各国のヨットの統轄機関、日本においては日本セーリング連盟がMNA(ワールドセーリングのメンバー・ナショナル・オーソリティーMember National Authority)として管轄しており、競技用の艇については、各国際艇種別協会の定めるクラス・ルールによって、艇種別協会各国支部が登録や計測などについて管理している。競技規則は、オリンピック大会(夏季)の開催された翌年に改訂され、その後は4年後のオリンピックまで変更されることはない。内容は、スポーツマンシップと規則に関する原則に始まり、基本原則、競技艇間の航路権、衝突回避、レース運営についてスタートからフィニッシュまでの規則、レース艇および競技者がレース中守らなければならない条件ならびに規則違反に対する抗議、審問およびレースの主催にかかわる規則などである。2017~2020年セーリング競技規則は基本原則のほか、7章92条と17の付則等から成り立っている。

 大型艇のレースもこのセーリング競技規則によることが多いが、それに加え安全規則であるワールドセーリング・外洋特別規定Offshore Special Regulation(OSR)により、それぞれのレベルに応じたカテゴリーを適用して行う。また、これらとあわせて各大会で用いる国際レーティングシステムの規則またはクラブレーティング等が適用される。なお、ワールドセーリングが認定している国際レーティングシステムには、「IRC」(RORC:Royal Ocean Racing ClubとUNCL:Union Nationale pour la Course au Largeが作成しているレーティングシステム)ならびに「ORC Club」および「ORC International」(ORC:Offshore Racing Congressが作成しているレーティングシステム)の三つがある。

 ただし、アメリカズ・カップ、ボルボ・オーシャンレース等の特別な大会では、ワールドセーリングの承認のもと、セーリング競技規則とは別の特別な規則を設けて行われることもある。なお、外洋特別規定とは、レースのカテゴリー(世界一周レースから湾内のデイレースまでのさまざまな段階)に応じた艇体・装備等について安全面から規定した規則である。

[小沢吉太郎・米澤 一・柴沼克己 2019年4月16日]

国際レースと日本のレース

ワールドセーリングが開催する国際レースとしては、オリンピック、ワールドカップ、アジア大会等および、各クラスが開催する毎年または2年ごとに行われる世界選手権大会、大陸選手権大会等がある。有名なレースはアメリカズ・カップである。1851年アメリカのスクーナー型ヨット「アメリカ号」がイギリスで銀製のカップを獲得したのを記念して、1870年からレースが続けられており、マッチ・レース(2隻で勝負を競う)による世界最大のレースである。この大会には日本からも「ニッポン・チャレンジ」チームが1992年、1995年、2000年(平成12)の3回、また「ソフトバンク・チーム・ジャパン」が2017年に挑戦した。そのほかの外洋レースも盛んで、1993~1994年第4回大会に日本艇が参加したウイットブレッド世界一周レースは、六つの寄港地を定め、約9か月かけて、スタートしたイギリスのサウサンプトンに帰着するたいへん過酷なレースである。このレースは2001年からは「ボルボ・オーシャンレース」と名前を変えている。1866年から行われている大西洋横断レース、1906年からの太平洋横断レースなどもある。日本を舞台にした国際レースには、オーストラリアのメルボルンをスタートし大阪にフィニッシュする2人乗りレース「メルボルン大阪ダブルハンドレース」(4年ごとに開催)や、太平洋縦走レースなどの長距離レースがある。国際レースとして日本で一番長い歴史をもつのは、2年ごとに開催され2019年に24回を数える「アリランレース」(日本・福岡市小戸(おど)沖―韓国・釜山(プサン)市水営(スヨン)湾)である。

 ほかの大型艇のおもな国内レースには、2020年に70回を数える大島レース(神奈川県葉山―東京都大島―葉山)や2019年に60回を数えるパールレース(三重県五ヶ所湾(ごかしょわん)―神奈川県江ノ島(えのしま))、2年ごとに行われる沖縄-東海ヨットレース(沖縄県宜野湾(ぎのわん)―愛知県蒲郡(がまごおり))、2018年に12年ぶりに復活した小笠原(おがさわら)ヨットレース(小笠原父島(ちちじま)―三浦半島小網代(こあじろ))、国内最高峰の大型艇・外洋レースで毎年開催されるジャパンカップなどもある。

[小沢吉太郎・米澤 一・柴沼克己 2019年4月16日]

日本セーリング連盟

1999年(平成11)4月1日、日本ヨット協会(JYA)、日本外洋帆走協会(NORC)の両団体が統合して誕生、すべてのセーリング・ヨット競技を統括している。

 JYAは1932年(昭和7)11月27日、関東、琵琶湖、東海、福岡などの日本人ヨットマンたちによって設立された。協会はヨット普及のため、国際級としてはもっとも小さいモノタイプ12フィート・A級ディンギーと全長5メートルの規格級を公認艇として、日本選手権レースを行った。1936年には、ドイツで行われた第11回オリンピック・ベルリン大会に初めてヨット選手を派遣し、1946年(昭和21)には、第二次世界大戦の戦禍を免れた少数の艇で第1回国民体育大会のヨットレースを琵琶湖で行った。1964年には江の島ヨットハーバーを得て、第18回オリンピック・東京大会を成功させた。その後、ヨット界は急速に国際化が進み、頻繁に国際レースに出場するようになった。1979年には国際470級で甲斐幸(かいみゆき)・小宮亮(こみやりょう)組が世界選手権大会で優勝したのをはじめ、徐々に世界的レベルに達し、とくに女子国際470級の重由美子(しげゆみこ)・木下(きのした)アリーシア組は1996年オリンピック・アトランタ大会で銀メダルを獲得し、日本ヨット界初のメダリストとなった。2004年(平成16)オリンピック・アテネ大会では男子470級で、関一人(せきかずと)・轟賢二郎(とどろきけんじろう)組が銅メダルを獲得した。

 一方、NORCは1954年の設立以来、外洋艇に関する技術の向上、安全確保、外洋レース等を通して海事思想の高揚に寄与してきた。統一団体JSAFとなってからも外洋部門の事業を継承・発展させ、大型艇の普及・活性化および数多くの国内・国際の外洋レースを開催し、海外へ日本チームの派遣をしている。

 2018年の時点では、連盟は47都道府県のセーリング・スポーツ団体と16の外洋艇を統轄する団体を組織団体とし、艇種別協会、学生連盟や社会層別ヨット団体、クラブなど73の団体を内包している。日本スポーツ協会(旧、日本体育協会)および日本オリンピック委員会の加盟団体として公認されている。またオリンピック強化、障がい者セーリング推進、環境等25の専門委員会をもち、事業の推進を行っている。

[小沢吉太郎・米澤 一・柴沼克己 2019年4月16日]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヨットレース」の意味・わかりやすい解説

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