ラスプーチン(Grigoriy Efimovich Rasputin)(読み)らすぷーちん(英語表記)Григорий Ефимович Распутин/Grigoriy Efimovich Rasputin

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ラスプーチン(Grigoriy Efimovich Rasputin)
らすぷーちん
Григорий Ефимович Распутин/Grigoriy Efimovich Rasputin
(1864/65―1916)

ロシアの僧侶(そうりょ)で帝政末期の宮廷黒幕。西シベリア、トボリスク県の寒村に生まれる。青年時代は馬泥棒だったが、30代に異端宗派に近づき、各地の修道院や聖地を遍歴し、奇跡を行う予言者として信者を得た。1904~05年に首都ペテルブルグの上流社会に知られるようになり、やがて宮廷に出入りした。祈祷(きとう)によって血友病皇太子に治療を施し、それを通じて皇帝ニコライ2世、とくに皇后アレクサンドラАлександра Фёдоровна/Aleksandra Fyodorovna(1872―1918)の絶大なる信頼を得た。その信頼ゆえに、早くから酒乱と淫蕩(いんとう)の醜聞が絶えなかったにもかかわらず、宮廷から排除されず重用された。政財界の右翼反動勢力は、神と皇帝に忠誠心厚い「真正なるロシアの百姓」の声を反映する者として、彼の存在に着目し、彼をその政治目的に利用。宮廷をめぐるこの種の陰謀は第一次世界大戦勃発(ぼっぱつ)後に顕著となり、帝政の自壊を早めた。閣僚人事へのラスプーチンと皇后の露骨な容喙(ようかい)は、1916年初頭のゴレムイキン首相の罷免(後任シチュルメル)に始まる頻々たる閣僚の交代、一名「大臣のかえるとび」をもたらし、敵国ドイツへの内通疑惑を招いた。国内の革命情勢の高まりを背景として、帝政崩壊に2か月余り先だつ同年末、名門の公爵ユスーポフの邸で国会の右翼議員プリシケービチにより殺害された。

[原 暉之]

『保田孝一著『最後のロシア皇帝ニコライ2世の日記』(1985・朝日新聞社)』

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