リン酸(読み)りんさん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「リン酸」の意味・わかりやすい解説

リン酸
りんさん
phosphoric acid

五酸化二リンが水和してできる一連の酸mP2O5nH2Oの総称で、オルトリン酸、二リン酸(ピロリン酸)、ポリリン酸メタリン酸などがあるが、一般にはオルトリン酸を単にリン酸とよび、正リン酸ともいう。化学式H3PO4、式量98.0。市販品は濃度89%、85%、75%のものが普通に知られている。

[守永健一・中原勝儼]

製法

実験室では、リンを酸素または空気中で燃やしたとき生じる五酸化二リンを水と作用させるか、赤リンと濃硝酸を反応させてつくる。工業的には、黄リンの燃焼と水和によってつくる乾式法と、燐(りん)鉱石の硫酸分解によってつくる湿式法がある。乾式法には、燃焼生成物を流下する希薄リン酸により直接水和させる直接法と、燃焼過程と水和過程を分ける二段方式などがある。乾式リン酸はそのまま工業用に使えるので有利である。燐鉱石を硫酸で分解し石膏(せっこう)を濾別(ろべつ)して得られる湿式リン酸は肥料原料となるが、不純物を除くため溶媒抽出法などによる精製が必要である。

[守永健一・中原勝儼]

性質

純リン酸は無色、柱状晶。融点42.35℃。比重1.834(18℃)。潮解性があり、20℃で水100グラムに542グラム溶ける。85%リン酸の沸点158℃。比重1.685(25℃)。凝固点21.1℃。エタノールエチルアルコール)にも可溶。不揮発性で、加熱すると二リン酸やポリリン酸となり、さらに加熱するとメタリン酸となる。リン酸は塩酸、硝酸より弱い三塩基酸であるが、鉄、アルミニウム、亜鉛などと反応して水素を発生してリン酸塩を生じる。これらリン酸塩は水に不溶で、金属表面に保護皮膜を形成するものが多く、リン酸塩皮膜処理として利用される。

[守永健一・中原勝儼]

用途

リン安、硫リン安、過リン酸石灰などリン酸質肥料に用いられるほか、さびの除去をはじめ化学研磨、防食皮膜形成、電解研磨などのための金属表面処理剤、あるいは脱水、縮重合、異性化などの有機合成触媒、さらに染料工業やリン酸塩、縮合リン酸塩の製造原料、食品加工や医薬品などに広く使用される。

[守永健一・中原勝儼]

生体内のリン酸

生体内のリンはほとんどがリン酸の形で存在し、リン酸塩およびリン酸エステルとして広く生物界に分布する。すなわち、リン酸はエステルの形で核酸、リン脂質リンタンパク質など生体の主要な構成成分を形成する。また一般に、高エネルギーリン酸結合をつくってエネルギー代謝に重要な役割を果たし、さらに物質代謝で多くの物質がリン酸エステルの形で転換しており、多くの酵素も補酵素としてリン酸エステルをもつ有機化合物を必要とする。

[笠井献一]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

化学辞典 第2版 「リン酸」の解説

リン酸
リンサン
phosphoric acid

H3PO4(98.00)のIUPAC名.オルトリン酸のことをいうが,HPO3型の縮合リン酸で環状メタリン酸と直鎖ポリリン酸とがある.五酸化二リンP2O5を水に溶かしても得られるが,酸化数5のリン化合物の加水分解,低酸化数のリン化合物の酸化により生成するもっとも安定なオキソ酸である.酸解離定数はpKa1 4.2,pKa2 9.4,pKa3 13.7.重過リン酸石灰Ca(H2PO4)2,そのほかリン酸肥料として重要である([別用語参照]リン酸製造法).リンのオキソ酸は非常に種類が多い.これらすべての総称にも使うことがある.工業的には,リンの鉱石(りん灰石などCa塩が多い)を硫酸で処理して,リン酸を遊離させ,これを精製するのが普通である.純粋なものは黄リンを燃焼してP2O5をつくり,これと水の反応で得られる.市販品は80~90% の水溶液が普通である.斜方晶系の結晶,正四面体型のP原子中心の[PVO(OH)3]が,互いにO-H…O型の水素結合でつながり層状構造をとっている.無水物ではP-O約1.52 Å,P-OH約1.57 Å.融点42.35 ℃.水に易溶,エタノールに可溶.加熱すると150 ℃ で無水物に,約200 ℃ で二リン酸に,300 ℃ 以上でメタリン酸になる.用途はリン酸塩(肥料,医薬品など)の合成原料,金属表面処理剤,食品添加,表面活性剤用のポリ酸をつくる,H2O2の保存剤,反応触媒などに用いられる.オルトリン酸の縮合体(縮合リン酸)で,-P-O-P(-OH)の構造をもつものには,下記のようなものがある.
(1)鎖状にP-O-Pでつながったもの.カテナポリ酸であり,1分子中のP原子の数で,二リン酸,三リン酸,四リン酸などや,さらに鎖が長く近似的に分子式を (HPO3)n で示しうるメタリン酸などがある.
(2)P-O-P結合で環状につながったシクロポリリン酸.たとえば,シクロ三リン酸,シクロ四リン酸などがある.
(3)さらに,大きな縮合体,鎖状で枝をもつもの,環状部分に架橋があるものなど複雑な構造のものもある.
見掛け上のPの酸化数が5でないもののうち,亜リン酸 P (OH)3は,そのエステルP(OR)3は存在するが,遊離の酸は存在せず,この組成のものの構造は,HP(=O)(-OH)2でホスホン酸である.このほかにもP-H結合で,酸の性質を示さないHをもつものの例としては,ホスフィン酸H2P(-OH)2などがある.また,P原子を複数含む酸で,P-P結合を含むものもある.たとえば,次リン酸(HO)2P(O)-P(O)(OH)2はその一例である.さらに,P-PとP-O-Pの両種の架橋を含むものもある.なお,リン酸の誘導体には,アデノシン5′-三リン酸(ATP)などのように,有機化学,生化学などの分野で重要な物質が多い.金属の表面加工(さび止めなど),ゴム・ラテックスの固化,触媒,歯科用セメントの製造などに用いられる.

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「リン酸」の意味・わかりやすい解説

リン酸
リンさん
phosphoric acid

十酸化四リンと水との反応により生成する酸。次の3種がある。
(1) オルトリン酸  H3PO4 。理論上のオルトリン酸は P(OH)5 すなわち H5PO5 であるが,これは未知の仮想物質である。その脱水物に相当し,また古来よりよく知られている H3PO4 をオルトリン酸と呼ぶ。単にリン酸というと H3PO4 をさすことが多い。高純度リン酸の製法として,十酸化四リンを水に加えて熱すると濃厚液が得られ,さらに 180℃以下で脱水乾燥すると,無色斜方晶系結晶が析出する。比重 1.83,融点 42.3℃,潮解性。三塩基酸であるが,解離度は 0.1Nでも 12%程度である。高温では金属と反応し,また石英をもおかす。清涼飲料に用いられ,アルカリ塩類は緩衝溶液に,不純物を含む工業用のアンモニウム塩などは肥料になる。
(2) ピロリン酸  H4P2O7 。二リン酸ともいう。2分子のオルトリン酸から1分子の水が脱離した縮合リン酸の一種である。オルトリン酸を 300℃以下で加熱して得られる。無色ガラス状または針状晶。融点 61℃,水,エチルアルコール,エーテルによく溶ける。水溶液を徐々に加熱すると急速にオルトリン酸になる。四塩基酸で,中性塩 Na4P2O7 および二水素塩 Na2H2P2O7 をつくる。なお,三リン酸 (トリリン酸) H5P3O10 などは同族列 (一般式 Hn+2PnO3n+1 ) の鎖状のポリリン酸であって,正四面体の PO4 が酸素原子を共有して連なる。アデノシン三リン酸塩は生化学上重要である。また,これらの酸は金属イオンと水溶性錯体を形成するので,硬水の軟化剤として,そのナトリウム塩が利用されている。
(3) メタリン酸  (HPO3)n 。1分子の H3PO4 から1分子の水が脱離した縮合リン酸で,環状構造の重合体である。オルトリン酸を 300℃以上で加熱すると生成する。 n=3 に相当するトリメタリン酸 (シクロトリリン酸) などが代表的な例である。無色ガラス状で,赤熱すると昇華する。水に溶けて徐々にオルトリン酸になる。これら3種のリン酸の塩類はその溶液をペーパークロマトグラフィーによって相互に分離できる。ポリリン酸やシクロリン酸類も同様に分離できる。このとき分離した各成分はモリブデン酸塩などの試薬により発色する。

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栄養・生化学辞典 「リン酸」の解説

リン酸

 正リン酸(H3PO4(mw98.00)),メタリン酸((HPO3)n),ピロリン酸(H4P2O7(mw177.97))を総称していうが,特に断わらない場合は正リン酸.ヒト血液中の正常値は3.4〜4.5mg/dl

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