1669年ドイツの錬金術師ブラントH.Brandが銀を黄金に変える液体を作ろうとして尿を空気を遮断して強熱した際に発見した非金属元素の一つ。後に多くの人によっても同様の方法で作られたが,暗中でみずから光を発するという性質があるため注目された。英名は光phōsの運搬者phorosを意味するギリシア語に由来する。単体として天然には得られないが,金属のリン酸塩たとえばリン灰石をはじめとして,多くのリン酸塩鉱物として広く産する。また海水中に少量含まれるほか,動物や植物にも含まれ,生物化学的に重要な役割を果たしている。親生元素の代表的なものである。
リン酸カルシウムを含むリン鉱石,ケイ砂,コークス(あるいは天然ガス)を混合して電気炉中で1200~1400℃で融解し,生成したリン蒸気を冷却,凝縮して水中で回収すると黄リンが得られる。
得られた黄リンは,微粒子としてから硝酸で洗浄すればヒ素,セレン,硫黄などの不純物を取り除くことができる。また,アルミニウム,鉛などと融解して不純物を合金として除く方法や,水蒸気蒸留法,ゾーンメルティングなどによってさらに精製することもできる。
単体リンには多くの変態があるが,同素体として白リン,紫リン,黒リンの3種が主要なものである。通常得られる黄リンは淡黄色で透明な蠟状であるが,純粋なら無色であり,本来白リンと呼ばれるもので,白リンの表面に赤リンの少量が生じて淡黄色を呈しているといわれている。白リンではリンは固体,液体,および溶液中でP4分子(正四面体,結合間隔P-P=2.21Å,結合角60°)として存在している。しかし800℃以上の気体ではP2分子への解離がみられる。白リンを鉛容器中で空気を断って500℃で10日間熱すると紫リンが得られる。白リン(黄リン)を320~340℃で3~4日間熱するか400℃で数時間熱して得られる赤リンは,白リンと紫リンの固溶体であると考えられており,赤褐色固体である。また白リンをきわめて高い圧力下で熱するか,触媒を入れて220~370℃で8日間熱すると金属光沢のある黒リンが得られる。熱,電気の導体である。その他,紅リン,無定形リンなどと呼ばれる変態も存在する。
リンは陽イオンになりにくく,また他から電子をもらって陰イオンP3⁻となり希ガス元素の電子構造となるにもかなりのエネルギーを必要とする。したがって周期表中の同じ第VB族に属する窒素に似て本質的には共有結合性化合物を作る傾向が強い。白リン(黄リン)は最も化学的活性が強く,空気中で50℃で発火燃焼して主として五酸化二リンP2O5(P4O10)を生ずる。湿った空気中では徐々に酸化され,暗所では青白色の微光(リン光)を放つ。したがって白リンは水中に空気を遮断して蓄えなければならない。猛毒で,致死量0.1g。赤リンは空気中で安定であり発火点は260℃である。黒リンは最も安定であり発火させるのも困難である。
白リンは多くの金属および半金属と反応してNa3P,Ca3P,CoP,Co2P,FePなどのリン化物をつくる。Na3Pはリンの化合物のなかで例外的にP3⁻を含むイオン結合性の強い化合物である。硫黄とは1000℃以上で直接反応してP4S3,P4S5などの硫化物となる。白リンに水酸化カリウムを作用させると,リンの水素化合物であるホスフィンPH3が生成する。
4P+3KOH+3H2O─→PH3+3KH2PO4
PH3は還元力が強く,また猛毒である。リンに直接,塩素,臭素を反応させると,PCl3,PCl5などのハロゲン化リンを生ずる。PCl5とCaF2を300~400℃で反応させるとPF5が得られる。
黄リンは乾式リン酸製造法によって大量に生産され,リン酸,リン酸塩あるいは三塩化リン,五塩化リンなどハロゲン化リンとされて,肥料,医薬品,染料,媒染剤,食品工業,可塑剤,界面活性剤,重合触媒などとして広く用いられている。赤リンはマッチ,リン青銅などの用途がある。リンは半導体材料としても重要な役割を果たしており,最近ではインジウム,ガリウム,ヒ素,リンを原料として作られる発光ダイオードは,信頼性,寿命,温度変化特性に優れ,光ファイバーを用いる比較的短距離の光通信システムの光源として注目されている。
なお,黄リンは皮膚に触れると火傷を起こし,毒性が強いのでゴム手袋,ピンセットなどで取り扱い,水中,暗所に保存する。
執筆者:漆山 秋雄
リンは生体の必須構成元素の一種で,生体内ではほとんどがリン酸として存在し,核酸,リン脂質,リンタンパク質,その他の化合物となり,さまざまな機能を果たす。核酸中ではリン酸ジエステルとして,糖とともにポリヌクレオチド鎖の骨格を形成する。リン脂質中ではリン酸エステルの型で存在する。グリセロリン脂質とスフィンゴリン脂質とに分類され,糖脂質,グリセロールとともに生体膜を構成する。多数のリンタンパク質(牛乳中のカゼイン,卵黄のビテリンなど)が知られ,プロテインキナーゼによりセリンやトレオニンなどのアミノ酸の水酸基にリン酸が結合する。ATPを代表例とする高エネルギーリン酸結合(〈高エネルギー結合〉の項参照)は,エネルギー代謝における最も重要な概念である。またFMN(フラビンモノヌクレオチド),FAD(フラビンアデニンジヌクレオチド)をはじめ,リン酸を含む補酵素も多数知られている。動物の骨格中には,リン酸カルシウム塩として多量に存在する。
執筆者:柳田 充弘
アメリカ合衆国マサチューセッツ州北東部にある工業都市。人口8万9050(2000)。1629年の町の創設以来,製造業が発達し,現在もゼネラル・エレクトリック社の工場がおかれ,発電機,ジェットエンジンなどが製造されている。リンは歴史的には製靴業が有名で,19世紀中葉においては,同産業が盛んであったニューイングランド地方の中心地であった。リンの靴生産高は,フィラデルフィアやニューヨーク市と肩を並べ,とくに機械(ミシン)による生産と工場制度の導入において先駆者的役割を果たした。従来,靴の生産は職人による家内産業として行われていたが,工場生産の開始は彼らの生活を脅かした。このような背景に1857年恐慌による不景気が加わり,60年には靴職人の大ストライキが起こった。このストライキは近隣諸地域の靴職人をもまきこみ,〈南北戦争前におけるアメリカ最大のストライキ〉として知られている。
執筆者:岡田 泰男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
P.原子番号15の元素.電子配置[Ne]3s23p3の周期表15族元素.原子量30.973762(2).天然には質量数31の核種のみ存在する単核種元素の一つ.質量数24~46の放射性核種が知られる.32Pは半減期14.3 d でトレーサーとして多用される.錬金術時代(1669年)にH.Brandにより尿中に黄リンが発見され,りん光を発することから“光を運ぶ”という意味のギリシア語ωσορο(fosforos)から命名された.宇田川榕菴は天保8年(1837年)出版の「舎密開宗」で,波斯波律斯(ホスホーリュス)燐と記載している.
主要鉱物として,りん灰石(アパタイト,Ca5F(PO4)3),藍(らん)鉄鉱Fe3(PO4)2・8H2O,銀星石Al3(PO4)2(OH)3・5H2Oなど.埋蔵量ではモロッコとサハラ西部42%,中国26%,アメリカ7%.産出量(2007年)では中国24%,アメリカ20%,モロッコとサハラ西部19%.リン酸カルシウム(リン鉱石,骨灰,海鳥ふん)にケイ酸を混合し,炭素(コークスなど)で還元すると,リンが気体の P4 として蒸留される.これを急冷して白リン(黄リン)をつくる.融点44.2 ℃,沸点280 ℃,密度1.82(白リン(黄リン)),2.2(赤リン).2.69(黒リン)g cm-3(20 ℃).リンの変態には P4 分子からなる非金属性の白リンとグラファイトに似た金属リンとがある.黄リン,赤リン,紅リンはこれらの変態の固溶体,紫リン,黒リンは金属リン変態とされている.導電性,化学反応性,溶解度,毒性などが変態によりいちじるしく差がある.白リンは絶縁体,黒リンは半導体.白リンは水に不溶,二硫化炭素に可溶.空気中で自然発火して十酸化四リンP4O10となる.光(日光)照射または自己の蒸気存在下の加熱により,赤リンにかわる.工業的には,黄リンを水相中で沸点以下でゆっくり加熱転化すると得られる.二硫化炭素に不溶.417 ℃(大気圧)で昇華する.リンは硝酸によりリン酸となり,濃い水酸化ナトリウム溶液ではリン化水素PH3とホスフィン酸ナトリウムNaPH2O2を生じる.酸素,塩素とははげしく反応し,酸化数5のP4O10(五酸化二リンではない)および五塩化リンとなる.
黄リンとしては発煙剤などの直接利用もあるが,毒性,反応性がともに少ない赤リンの形で使われることが多い.多くのリン化合物製造の出発物質となる.リンはリン青銅とよばれる合金の材料にもなるが,多くはリン酸化合物として肥料,そのほか,金属表面処理液,医薬品,農薬,洗剤,食品,樹脂の可塑剤,難燃剤などに利用される.わが国の需要の80% は肥料である.リン酸イオンはDNAや生物のエネルギー源ATP,骨・歯の構成物質として生物に不可欠の元素として重要である.リンの化合物は酸化数-3~5まであり,縮合ポリリン酸,過酸化物のベルオキソリン酸も得られている.有機リン酸化合物中には化学兵器として利用されるサリン,ソマン,タブン,VXなどがある.「黄リン(別名白リン)」は,毒物および劇物取締法毒物,大気汚染防止法・特定物質,大気汚染防止法・有害大気汚染物質,労働安全衛生法〔名称等表示〕名称等を通知すべき有害物,消防法〔危険物〕危険物第3類,海洋汚染防止法・A類物質等となっている.皮膚に触れると火傷を生じ,経口摂取により中枢神経系およびほかの全身性作用,肝臓に急性作用があり,重篤な眼の損傷を起こす,きわめて危険な猛毒物質である.[CAS 7723-14-0][別用語参照]リン化物
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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