ロス(Henry Roth)(読み)ろす(英語表記)Henry Roth

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ロス(Henry Roth)
ろす
Henry Roth
(1906―1995)

アメリカの小説家。当時のオーストリア・ハンガリー帝国にユダヤ人の子として生まれたが、7歳のときに両親とともにアメリカに移住ニューヨークのユダヤ人街で幼少年時代を過ごし、ニューヨーク・シティ・カレッジに学ぶ。事実上の自伝といってもいい『これを眠りと呼んで』Call It Sleep(1934)を発表する。妄想癖のある父、愛情細やかな母、ヘブライ語を教えるラビ教師といった人物が織り成す薄汚いニューヨーク・ゲットーの日常を、感受性豊かな少年の目を通して、叙情的かつ細密リアリズムで描いている。ユダヤ人の方言であるイディッシュ語の会話を含めて、卑語、呪(のろ)いに至るまで忠実に再現され、意識の流れを思わせる内面描写を通して主人公の少年の精神の遍歴が活写されているこの作品は、1930年代の埋もれた傑作として、ケージンなど1960年代の著名な批評家、研究者から高く評価された。晩年作者は、メーン州片田舎(かたいなか)で鵞鳥(がちょう)の養殖や、数学教師などをして生活を維持するかたわら、『移りゆく景色Shifting Landscapes(1987)といった随筆や、『激流の恵み』Mercy of a Rude Stream(1994)といった自伝小説を発表したが、文学的偉業は『これを眠りと呼んで』一作といっていい。なお、ボニー・リョンズBonnie Lyons(1944― )による『ヘンリー・ロス』論(1976)は一読に値する。

金敷 力]

『柴田元幸著『生半可版 英米小説演習』(1998・研究社出版)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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